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Selfishly

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H24,6/1 ロイの日企画「奇妙な贈り物」

◇◇◇ 奇妙な贈り物 ◇◇◇

「いい加減なことを言いやがって!!」
耳に届いた怒声の次には、周囲からの悲鳴が上がる。
思わず足が向くのは、もう習性に近いだろう。
軍服姿の男達が騒ぎの場所へと向かうのを見止めると、
ホッと安堵した表情を浮かべて道を譲ってくれる。
人垣を掻き分けて騒ぎの原因らしい人物たちを確認すれば、
近隣の店主たちだろうか。彼らが間に入って取り成しているのが見えた。

「いい加減? 私はそんな出鱈目な占いなどしませんよ?
 あなたもそれを耳にしたからこそ、ここを訪れたんじゃないですか?」

相手の剣幕など気に留める風でもなく、占い師らしい男は淡々と反論を返している。
「…んだとぉ!! まぐれで当たったくらいでいい気になりやがって!」
取り成していた店主たちを跳ね除け、客の男が占い師に飛び掛かろうとした瞬間。

「いい加減にしないか!!」

良く通る叱咤の声が、男ばかりか周囲の野次馬達も硬直させる。
ロイはつかつかと歩み寄ると、二人の間に立つ。
「天下の大通りで諍いは禁物だ。この市を楽しみに集まった市民の皆さんに
 不快な思いをさせたいのかね?」
ジロリと睨んでやれば、頭に上がっていた血が下がったのか、
客だった男はしどろもどろに、口論の言い訳などを話してくる。

「こ、この占い師が、俺の婚約者を侮辱するから…つ、つい…」
「侮辱?」

そう言ってくる男は、確かに血の気が多そうなタイプには見えない。
どちらかというと、うらなりっぽく見える。身なりや持ち物は良いものを
身に着けているから、どこぞの資産家の息子なのだろう。

「そ、そうなんです! 俺の結婚の日和を視てもらおうと、当たるって評判の
 こいつのとこに来たんですが―――、このインチキ占い師はっ!
 撚りにもよって、結婚なんか出来ないからそんな占いは無意味だとか言うんです!
 で、どう云う事かと尋ねたら、『その彼女は君の小遣いが目当てで、今頃、金目の物を
 持って姿を眩ましてるさ』とか言うんです!
 彼女は…確かに教養は無い育ちかも知れませんが、心は聖女のように純真で綺麗で優しくて…」

延々と続きそうな彼女自慢に、ロイは米神が痛み出すのを感じる。
「その続きは結構。…がそれと騒ぎを起こすのは、全く関係ない。
 このまま騒ぎを続けるようなら、憲兵所の一室で頭を冷やしてもらうことになるが?」
「そ、それは…っ」
動揺を顔一杯に現し、男は一歩二歩と後退さる。
「―― 分かってくれたのならいい。これ以上、無益に騒いだりしないように。
 占いは当たるも八卦当たらぬも八卦と言うんだ。
 自分の望んでない結果だからと、術師に不満をぶつけるのは大人気無さ過ぎると思うが?」
「―――――― はい…、すみませんでした」

消沈する男に、「日取りは彼女と相談して決めなさい」と実用的なアドバイスをして帰らせる。

騒ぎが終息したのを見て取った周りの者達も一人また一人と去り、そこには市の喧騒が戻って来る。
占いの道具らしき物は見当たらないが、占者は机に掛けていた敷き布を直している。
「―― 大丈夫かね?」
ロイの様な科学者からすれば、占い師などナンセンスだ商売だ。
が、それでひと時の夢が得れて喜ぶ者達もいるから、夢売りみたいなものだと思っている。
「ええ、ああいう手合いには慣れてますからね」
本当に慣れているようで、動揺の一欠けらも見受けられない。
「慣れている…。―― もう少し言葉を選んでやる事は出来ないのか?」
そうすればトラブルも未然に防げるのではないだろうか?
「これは異なことを。真理を追究する錬金術師殿の言葉とは思えませんね?」
「…っ!?」
「ああ、別に警戒は必要有りませんよ。この町にだってちゃんと新聞も有ればラジオ放送だって流れます。
 イシュバールの英雄で、国家錬金術師の第一人者のあなたのことを知らない者の方が少ない」

ここはロイの統括する東方では無いが、東方の土地から遠すぎるわけでも、辺鄙な田舎でもない。
確かに彼の言う通り知っている者が多くて当然だろう。

「―― 真実は1つしか無い。どれだけ言葉で飾ろうと、運命が変わるわけじゃなし。
 私は無駄が嫌いでしてね。ヒトと云う生き物は、本当に蒙昧な動物ですよ。
 つまらぬ夢や可能性を願って、真実を判り難くする。愚かも極る愚鈍な生き物ですね」

酷い言い草なのに、どうしてだか彼が悪態を吐いているようには聞こえない。
ロイは自分が感じた占者の印象から、言葉の意味を図る。

「――― 成程、だから真実を告げて、なるべく早く対応しろと?」
そういう事なのだろうと漸くして伝えると、占者は面白そうにロイを見つめてくる。
「……流石は一流の錬金術者。解読もお早い。
 さて助けて頂いたお礼に、あなたの願いを1つ実現して差し上げましょう」
その言葉には正直、呆れた感情が浮かんでしまう。
「―― 占者は辞めて、魔法使いにでもなるつもりかね?」
「そう呼ばれていた時も有りましたね」
そう言って肩を竦める占者に、ロイは興味を無くして立ち去ろうとする。

「ロイ・マスタング、日も丁度、あなたの生誕日前日だ。

 贈り物は神の領域だが、偶には趣向を変えるのも良いだろう。
 お前の受難の多い道への餞だ。夢などの下らないものは嫌いでね。
 リアルを味わうと良い」

不可思議な言葉に背を向けた身体を、再度、占者に向き直そうとして…。


「―――――― っさ! 大佐!!」
部下の声にはっとなって見回せば、ハボックが呆れたような顔でロイを窺っている。
「いつまで突っ立ってんですか? 早く駅に行かないと、今日中に司令部に帰れなくなりますよ」
早く早くと急かすように促すハボックの言葉に、ロイは頭を捻る。
「…さっきの騒ぎを見ていただろ?」
「騒ぎ? 何の話ですか? 急に立ち止まって動かなくなったと思ったら…。
 立ったまま寝るのは勘弁して下さいよ。ほらほら、汽車に乗れば爆睡しても構いませんから」
「お、おいっ! そう背を押すなっっ」
「時間がマジ無いんですから、急いで下さい!」



結局、ロイが遭遇した市場の件は、同行していたハボックには全く覚えがないらしい。
それどころか、懸命に話をするロイを「疲れが溜まってるんですね」と同情の視線を向けられる始末。
それ以上その話に拘っていれば、東方に着いた途端、病院に直行させられるだろう。

――― どういう仕掛けなんだ…。

妙な出来事に遭遇したのは分かっている。
どこかで用意周到に仕組まれた術にでも踏み込んでしまったのでは無いだろうか…。
が、別に身体から錬成痕も反応も感じられない。

まるで狐に抓まれたような気分で司令部へと戻ったのだった。


「やれやれ、今日は妙な日だった…」
白昼夢。今日の出来事は、まさしくそれだ。
全てが科学で証明出来る等と頭の固いことは言わないが、摩訶不思議で簡単に流すようでは研究者には成れないだろう。
家に帰ってからも、あ~でもない、こ~でも無かったと考えている間に、査察帰りの疲れか眠りの世界へと落ち込んで行った。





ポツン……。

今のロイの境遇を表すなら、そんな単語が似合うだろう。
「ここは…?」
臼闇の延々と広がる中、ロイは独り立ち尽くしていた。見覚えの無い空間が何処かを考えるのは途中で止めた。
考えても無駄だ。ここは夢の中なのだから。

「夢みたいなあやふやな物は好きじゃないと話したでしょ?」
ロイの頭の中を読んだかのような答えに、驚いて何も無かった背後を振り返る。
「君は…!?」
ロイの驚いた視線の先には、昼に会った占者が立っている。
「お誕生日、おめでとうございます」
そう言って、深々と古風な礼をしてみせてくる。
「……あ、あぁ…」
そういえば日が変わった今日は自分の誕生日だった気がする。が別段、怪しげな男におめでとうと言われても嬉しくもないが。
しかし……、どうして夢の中まで、赤の他人に会わなくてはならないのだろうか…。
そんなロイの心情を読んだのか、占者は苦笑しながら説明してくる。
「御不満ごもっとも。が少しだけ辛抱してお付き合い下さい。なにほんの数刻で私は退場しますから。」

その言葉の通り、占者の話は簡単明瞭だった。
一つは、昼に助けられたお礼。
二つは、お礼品の趣向。

「希望のシュチエーション体験?」
「ええ。あなたは物欲が無さそうなんで、お礼に渡せそうな物を思い付きませんでした。
 なので、シュチエーション空間だけお渡ししますんで、自分で好きなようにやって下さい」
「やって下さいって…」
そんな怪しい誘いに喜んで乗れるわけがない。と思った瞬間に、また占者から返答が返る。
「いいえ。あなたは喜んで贈り物を受けとるでしょう。喜びの時間は短い。後悔ないよいお過ごし下さい。
 …ああ、同行者も漸く入って来たようです」
「同行者?」
ロイには誰も見えないが、誰か居るのだろうか。
四方に目を向け探る間にも、占者は勝手な暇を告げてくる。
「では邪魔者は退散致します。これは私の誇りを尊重して下さった貴方への贈り物です。
 限られた時間です、くれぐれも心残りの無いように」
言い終わるやいなや、煙のように姿は消え………。

「…鋼の!?」
そこにはロイの密かな想い人が立っていた。




やはりこれは夢なのだろう。現れたエドワードを見ながらロイはそう結論を出した。
何故なら…。
現れたエドワードは、不思議そうに周囲を見回し、立っているロイに気が付くと。
「大佐!」
嬉しそうな声でロイを呼び、花が綻ぶように微笑んで見せたのだった。

日頃、見せてもらったこともない柔らかな表情を向けられ、胸が弾む。
(一時の夢だとしても、なかなか良いじゃないか。)
にこにこと笑いながら近付いて来るエドワードを、じっと眺めて細やかな幸せを噛み締める。
「…へ~、今日はえらくリアルだよな」
感心したようにエドワードはそう呟くと、さっと腕を伸ばしてロイに触れてくる。
「は、鋼の…!」
慌てるロイを他所に、エドワードは縫いぐるみの手触りをチェックするような手つきで、ロイにペタペタと触ってくる。
「うわ、体温まで感じるぜ。最近の夢も進化したもんだ。」
「…く、すぐったいんだが…」
首筋や胸元を遠慮うもない手で触られ、苦笑しながらそう告げると、エドワードが不思議そうに首を傾げてロイを見つめてくる。

――― そんなにじっと見つめないでくれ…。

透度の高いハニーブロンドの宝玉に見つめられると、理性までとろりと溶け出してしまいそうだ。
「鋼の…」
これはどうせ夢なのだから。そう思う気持ちが、自戒を崩して行く。
瞳に誘われるように手を伸ばし、触れたことの無い肌にあと少し……。

「痛いっっ!!」

思わず上がった声に、叫んだロイより、つねったエドワードの方が驚いている。
「え!?痛いって…」
溢れんばかりに目を見張り、つねられた甲を撫でるロイを唖然と見ている。
「…酷いじゃないか」
恨めしげにそう文句を言えば、エドワードは頭を捻って考え込む仕草をする。
そうして「よしっ」と声に出したかと思うと。

――― バチン!!

音が鳴る勢いで自分の両頬を手のひらで挟む。
「…っ!」
自分でやっても痛かったのか、顔をしかめている。
エドワードの一連の行動の意味は分かる。そして、そろそろロイにも、
今の自分が夢の中ではないのかも知れないとも考え始めている。

難しい顔で考え込んでいたエドワードが、茫然と呟く。
「…どういうわけだ?」

二人は新たに互いの目の前に立つ相手をじっと見つめるのだった。


★★★


「じゃあ、あんたの話を信じれば、此処は夢の中ってわけじゃなくて。あんたはホンモン?」
昼に遭遇した出来事から、先程まで占者と交わした内容を話すと、エドワードはそう事実確認してくる。
「この異常事態で君の言う本物かは判断しにくいが、
 ―― いつもの自分という意味なら、今のとこ間違いは無いとは思う」
思考に矛盾するとこも無いし、体から感じる感覚もクリアーだ。
「そういう君はどうなんだ?」
「俺?…最初は夢かと思ったけど…。多分、目が覚めてる状態と変わらないと思う」
ロイ同様実態だと判れば、また違う意味で驚きが生まれてくる。
幻想などではない自分達が、この世界で二人きり…。多分、お互いがそんなことを考えているはずだ。

「え~と。まずはここがどういう構造かが解らないと、対処も打てないよな…」
「あ、ああ…そうだな」
エドワードの尤もな言葉に、ロイも遅れ馳せながら現状打破の対策を考えるのが先決だと気付く。

「その占者の言葉がキーワードになるとしてさ…」
エドワードは周囲に広がるうすら寒い空間を見回す。
「言葉から考えれば、……此処があんたの好きな場所?」
エドワードの言葉に、とんでもないと首を大きくふる。
「気付いたら此処に居たんだ。こんな場所に望んで来るわけが無いだろう?」
「だよな。でも、その占者は好きにやってくれって言ったんなら、此処があんたの望む場所って事になるんだけどな…」
う~んと首を傾げて考え込む可愛い仕草など、普段見たこともないロイは、真剣に考えているエドワードを見つめながら、
全く違うことを考えてしまう。

(エドワードと一緒だと分かっていたら、こんな場所じゃなくて…)
東方でも評判のレストランにも、一度連れて行ってやりたいと思ってたのに。

「うわ!?」
急に明るくなった周囲に、二人とも盛大に驚きの声を上げる。 そしてそこが見慣れた東方の街だと気付く。
「……此処って?」
「戻れた……わけじゃ無さそうだ」
ロイの記憶通りの街並み。がそこには道を通る車も、歩く人々も、露店で働く者も誰一人姿が見えない。
その事はエドワードも気付いたようだ。
「イーストってわけじゃ無さそうだけど、よくにてる街並み……これってあんたの記憶を映し出してるのか?」

「…のようだ」
目の前に有る建物を見て、エドワードの言った通りなのだろうと思う。
何故なら、目の前には今さっき思い浮かべていたばかりのレストランが存在している。
「この通りに来たかったのか…」
エドワードがそう呟きながら興味深そうに通りを眺めているから。
「いや来たかったのかは通りじゃなくて、この店なんだ」
「店?…この?なんだ、あんた腹が空いてたんだ」
「そうじゃなくて!!……ここはシチューが有名なんだ。…君、好きなんだろ?」
ごにょごにょとそんな説明をしたロイは、目の前で鮮やかに色付くエドワードの表情を茫然と眺めた。
「え?お、俺の?」
戸惑いの中には確かに喜びが混じっている。そんなエドワードの様子に勇気づけられて、
ロイは再度きちんと話すことにした。

「ハボック達に聞いてね。なら一度、この店に連れてきてやりたいと思ってたんだ」
が、エドワードは食事どころかお茶さえ付き合ってくれない。
なので「いつかは」のロイの夢物語の一つだったのだ。
「あ……」
どう返したら良いのかが分からず、エドワードは赤い顔のまま視線を俯かせる。
コツンコツンと2度ほど地面を爪先で蹴ると、赤みの引かない顔を上げて照れたような笑いを見せてくる。
「え~っと…。あ…ありがと」
小さな声だったが、エドワードは嬉しそうにそう礼を口にしたのだ。

(これは、やはり夢じゃないだろうか…)
文献を渡そうが、情報を教えようが、こんなに素直に可愛く礼を言われたことなどない。
思わず感動に浸っていれば、そこはやはり本物のエドワードだ。
「ま、とにかく中を覗いてみようぜ?あんたが行きたい場所ってのがキーワードなら、何か手懸かり見つかるかもな」
そう言うとスタスタとロイを置いて店の入口へと歩いていく。
「ま、まちたまえ」
慌てて追い付くと、ロイも一緒に入口を潜る。
古いが手入れの行き届いた店内。来た者がゆっくりと食事を楽しめるようにと考えられた室内は
隣を気にせず過ごせるようにと贅沢な席配置だ。
「…感じ良い店だよな」
こういう本格的なレストランは余り知らないだろうエドワードも、そんな感想を言いながら店内を窺っている。

 ――― 想い描いたらこの店が現れた。

なら、もしかしたら…と思いながら、奥の小部屋風の席に目を向ければ。
「……ある」
思わず呟いた言葉に、隣に立つエドワードが反応する。
「え?何だって?」
聞いてくるエドワードに、どう説明すれば良いのか…。
ロイは「こちらだ」と声を掛けて、エドワードを席に案内した。

「…うわ、旨そう」
思わず溢したエドワードの言葉が現している通り、そこにはホカホカと湯気を立てているシチューがテーブルに置かれていた。
「…なぁこれて、あんたが言ってたやつ?」
「多分…」
多分と言うか、考えていた通りだ。ここでエドワードに食べさせてやるなら、品の良いこの店の皿ではなく、
彼が沢山食べれるようにと深皿にしようと思ってたことまで再現されている。
エドワードはうで組をしながら考えているようだ。
が、じっと考えてばかりで無いのも、本当に彼らしい。
「鋼の!!」
ロイの驚きに構わず、エドワードは置かれていたスプーンで、一匙味見をしてしまっている。
「君は何を軽率な…」
怪しい空間に現れた物を簡単に口にするなんて…。
「大丈夫…だと思う。毒とかは入ってないし」
「いや、しかし…」
「俺ら旅から旅で野宿も多いだろ?錬金術の修行中も、毒キノコに当たったりしたから、何となく分かるんだ」
それは確かにそうだろうが、中には無味無臭のものもある。
「――― 俺の考えだけど…。
 今のこの状態に悪意は無いんじゃないかな?
 楽観過ぎるって言われればその通りだけどさ…。
 危害を加える気の奴が、こんな手が込んだことするか?」
その言葉はロイも思い初めていたことだ。
「あんたへの御礼だって言ってたんだよな?」
「ああ…、時間限定だとも言ってたな」
二人して顔を見合わせ、束の間考え込むが。
「取敢えず、これ食べようぜ?」
「鋼の?」
「あんたの希望を叶えるって言ったんなら、俺が食べて満足しないと駄目なんだろ?」
「しかし…」
躊躇うロイに構わず席に座ると、エドワードはロイにも声を掛けてくる。
「ほら、あんたも座れよ。そこに突っ立ってても仕方ないだろ」
「ああ…」
完全に賛成とはいかないが、座るくらいはと椅子を引いて腰をかけると、それが始まりの合図のように音楽が流れ出す。
店内に相応しい落ち着いた音楽の調べは、確かにこの店でよく耳にしていた曲だ。
「凝ってるよな~」
妙な感想を言うエドワードの手にはオレンジジュースが入ったグラスが、ロイの前には赤ワインらしき物が入っている。
「じゃ、いただきま~す」子供の順応性の高さか、心なしかエドワードはこの状況を楽しんでいるようだった。
ロイの前にもエドワードのものより一回り小さな皿が出現し、中身は出来立てのシチューだった。
「美味い!」
せっせと皿の中身を減らしていくエドワードが、シチューの味に感嘆の言葉を何度も上げている。

――― この状況とやらに付き合ってみるか…。

スプーンで運んだシチューの味は、確かに食べたことのある味そのものだった。
結局、次々に現れる料理をデザートまで平らげる頃には、二人ともすっかりこの事態に慣れてしまった。
「はぁ~…上手かった!ご馳走さま」
満足と書かれた顔に、満面の笑みを向けてくるエドワードに、ロイも苦笑して「どう致しまして」と返した。
食べ終われば何か進展するか変わるかと思ったが、ここでの役目を果たしたレストランは機能停止したように静寂を取り戻しただけだった。
「これって、此処を出ろって事かな?」
そう窺ってくるエドワードに、ロイも「多分…」と不確かな返答を返すしかない。
二人してレストランから出る。
「で、次は何処に行きたいんだ?」
すっかり楽しむモードに切り替えたらしいエドワードが、そうロイに訊ねて来たので、ロイも思わず次を思い浮かべてしまう。

――― この後なら、食後の腹ごなしに…。
次の場所に思考を向けた途端、そこが現れる。
「本屋…」
エドワードが目の前の建物を見て呆気に取られている。
ここまで来たら、腹をくくるしかないな。

「ここの本屋はちょっと変わっていてね」
そう言いながら店内を案内しながら入って行く。
息子が一般向けの本屋を、父親がマニア向けの古書を扱っているんだ。
店内を奥へと進むと、在庫が積まれている端に扉が見える。
ロイは勝手知ったるでその扉を開け、細い通路の先にはある古書屋の入口を開いて、エドワードを導いた。

「うわ…」
呆然と立ち並ぶ本棚を眺めているエドワードは、言葉よりその瞳に雄弁に喜びを現している。
くるくると変わる瞳の輝きの乱舞は見ているだけでも愉しめる。
「錬金術書ばかりとはいかないんだが、ここの当主が各分野の人達に聞いて集められた本ばかりだ。
錬金術関係はこちらだ」
目の前の本達に心を奪われているエドワードの肩に手をかけ、二階に見える本棚のコーナーに連れて行ってやる。
「ほら、足下に気を付けて」
どこか覚束ない足取りのエドワードに注意を促しながら階段を上りきる。

……実はここの錬金術書のコーナーの半分は、店主に協力したロイのリストからだ。

ずらりと並ぶ本の題名を目にした途端、エドワードの瞳の色が変わる。
「すげぇ……」
感嘆の言葉が零れた。
本に近付くと、興味に突き動かされたように手を伸ばし中身を確認する。
「何だ…これ…?」
手に取った本のページをしきりに繰っては首を傾げている。
「どうかしたのか?」
覗きこんだロイも思わず、呆気に取られた。
そこには本の中身ではなく、ロイの記憶した形で書き込まれているメモになっている。
「……ここまで記憶をリアルに再現してくれなくてもなぁ」
苦笑混じりのエドワードの言葉に、同様の表情で頷いた。
「残念だが、元に戻ったら連れていくよ」
「分かった。今日はあんたの為の日だからな。俺は次回に頼むな!」
そう約束の言葉を貰えて、ロイの表情も明るくなる。
「ああ、必ず!」

本屋から出るときには、次の場所の希望を尋ねていた。
「鋼のは、どこに行きたい?」
「何処にって…。あんたが行きたい場所を選ぶんじゃ…」
戸惑う様子に、それも当然かと思う。別にエドワードと一緒に行きたいコースを巡っているとは伝えてないのだ。
なので聞き方を変えてみる。
「イーストシティでは、三ヶ月毎に市が立つのは知っているかい?」
「市…、朝市の?」
キョトンとした表情で聞いてくるエドワードに、ロイは微笑みながら説明してやる。
「朝市みたいな日常の市ではなくてね。アメストリス四方からの珍しい特産品や、掘り出し物が並べられるんだ。
遠い処からでは、わざわざこの市のために砂漠を越えてキャラバンが来たり、国境を越えての商人達も集まってくる」
「…砂漠や国境を…」
ロイ以上に物に執着しなさそうなエドワードだ。興味を抱くとしたら、異国の品ではなく人にだろう。
「見てみたいかも…」
エドワードがその気になってくれたのは嬉しいが、肝心なことが…。
「先程の本屋同様で、どこまで私の記憶が確かかは自信が無いが、雰囲気だけでも味わってくれ。
 次の市が立つ日には、また誘わせてもらうんでね」
その言葉を言い終わると同時に、周囲の光景も変わる。 慣れてはきたといっても、全く驚かずにはいられない。
「…なんか、映写機見てるみたいだ…」
ずらりと並ぶ露店は縦横に広がり色とりどりの品を並べている。
余り興味を抱いてもらえないかと思っていたが、エドワードは珍しい特産品を面白そうに眺めている。
そんな彼の様子にほっとしながら、傍に寄り露店の品を一緒に見て回る。
「へぇ~、これなんて凄く凝ってるよな」
陶器細工のミニチュアは、確かに見ていて飽きない。小さなテーブルに、さらに細工の細かいティーセット。
家や車、動物に風車小屋。
それらを恐る恐る指で突っついては精巧な出来に感心している。
そうやって店を見回り続けた。極彩色の色とりどりのスカーフや、幾何学模様の絨毯。美しい細工の装飾品に、
どうやって食べるのかが想像できない食材の数々…etc。

「しかし、君なら各地で珍しい物には見慣れてるんじゃないのかい?」
「う~ん? 旅の時は時間に追われてるからさ。観光する暇も無いし、ゆっくり町を見回ることもしないから」
だから珍しくて面白いと告げられた言葉に、思わず返す言葉が詰まる。
彼らの旅の過酷さで足りないのは時間だけではない。

――― 心のゆとり……。
 
この歳の少年とは思えない暮らしぶりだろう。
が、人生を決定するのに若いも老いもない。運命は歳を考えてくれるほど親切ではないのだ。
エドワード達が選ぶしかなかった道行に、少しでも風穴を開けてやろう。
彼が苦しさで行き詰ることのないように…。

市の中央はイーストの広場だ。
噴水の縁に腰を掛け露店にあった椰子の実のジュースを飲んでみる。
「甘くて上手い~!」
喜ぶエドワードと反対に、ロイはジュースは一口で止め、同じように並んでいたアイスコーヒーに変える。
「けど、市場も人が居ないと…ただの品評会みたいなもんなんだな」
整然と並んでいる所為で、普段は人でごったかえすスペースが妙に侘しい感じをさせている。
「そうだな。そう思うと喧騒も活気に一役買ってるわけだ」

それ以上は見て回りたい店も無く、歩き出している間に
また周囲の風景が変わる。
そこは小高い丘になっていて、眼下にはイーストの街の全貌が眺められる。
「…ここは地元の人達には『風の丘』と呼ばれていてね」

風はここから始まり、ぐるりと世界をひと廻りして戻って来るのだと。
今は走ってはいないが、ここから駅を出入りする汽車も良く見える。
この地を中継にして西へ東へ、南へ北へと走り出すそれらは、また時期がくれば戻って来るのだ。
その時を楽しみに、ロイはここから旅立って行く兄弟を見送って来た。

また戻って来るように。
いつかは戻らなくてよくなるように。

そんな相反する気持ちを、少しだけ持て余しながら。

ロイの心の動きを表すように、場所はくるくると変わって行く。
図書館の穴場の席、人気のドーナツ屋、仕掛け時計の有る公園。

そして最後に現れた場所に、ロイは思わず自分の心の正直さに肩を落とす。

「――― ここって?」
不思議そうなエドワードの言葉も当然だ。
今見ている建物は特に面白味も無い、ただの一軒の家。
ここまで来てしまったのなら、今更隠し立てしても意味が無いし、いつかはばれる。
「……ここは私の官舎だ」
「あんたの?」
首を上向かせ怪訝に聞き返すエドワードに、ロイは情けない気持ちで苦笑して頷く。
「いつか…、君を招待したかった」
勿論、友人として等では無い。
恋人となったエドワードに来てほしい最後の場所だ。
ぽかーんとした表情で自分をじっと見てくるエドワードの反応が居た堪れない。



自分がシチューが好きだと知って、連れて行ってやりたいと思ってたらしいレストラン。
紹介者が無いと入れない古書店。
珍しい市に、眺めの良い丘。図書館、ドーナツ屋、etc…。
そして最後が彼の家。

――― なんかデートコースみたいだな…。

そんな感想を抱いていれば、まさかの結末に辿り着く。

「――― 大佐…、俺のことが好き……なのか?」
思わず口に出た言葉に、言った自分も拙いとも思う。
後見者として気に掛けてくれてるだけの可能性だって大なのに、何を大胆なことを言ってしまったのだ。
が、その言葉を後悔する必要は無かったようだ。

「は、鋼の………」

「動揺してます」と大きく顔に張り付けている大佐の表情は、ご丁寧に赤くなっている。
照れるのに年齢は関係ないんだな…と妙に冷静に分析をしているエドワードだって、
感情が洗濯機のように渦巻いている。

――― そっか…、そうだったんだ…。

パァーと周囲が白く輝きだす。
どうやらこの世界の終わりが近づいているようだ。
エドワードは光で見え難くなっている相手に向かって、懸命に叫ぶ。

「大佐! ありがとうな!!
 すっごく嬉しくて楽しかった! 次は現実に戻った時に連れて行ってくれ。
 ――― あんたの家にも!」

それを聞いたろう大佐の表情ははっきりとは見えないが、周囲の白い光に赤やオレンジ、黄色が
点滅し始めた様子を見れば、どうやら喜んでくれているのだろう。

そしてシャボン玉のようにその世界は割れて…。



 ――――――……。

ベッドの上で天井を見つめている自分に気づく。
厚いカーテン越しにも射し込む日の光で、朝の起床を自分がしたのだと判断した。

「……何だったんだ、昨夜の夢は…」

ベッドからのそのそと起き上がり、最初に出たのはそんな言葉だ。
頭の片隅で ―― 夢みたいなあやふやは嫌いだと言ったでしょ ―― 
そんな声が聞こえたような聞こえなかったような。

でも、悪い夢ではなかった。
少し変わってはいたが、エドワードとああした時間を持てたのだ。
最後の言葉は……あれは自分の願望に間違いない。

誕生日の始まりにしては、今年は悪くない日だ。




 *****

職場に行けば、悠長に夢の余韻に浸っている暇などない。

「ハボック! この書類の誤字脱字を何とかしろ!!
 清書しないと出せないぞ、これでは…」
 
「大佐ぁ~、中央指令部のドリトル将軍からお電話です!」
表情を顰めて執務室で取るジェエスチャーをして、渋々部屋でご拝聴させて頂く。
長々と続く嫌味塗れの激励を頂いている間にも、冷静な副官が会話の邪魔をしないようにと
せっせと静かに書類を積んではを繰り返してくれている。

――― はぁ…。昨夜の世界が恋しいな…。

どこかであの占者が笑った気がする。

コンコンコン…

ノックの音にげんなりと入室の許可を伝えた。

「大佐…、今良いか?」
聞こえて来た声に驚いて顔を上げると、思わず思考が停止した。
「――― は、がねの…」

夢からは醒めたはずなのだ。
でも彼はそこに立っている。

扉を閉めて近づいて来るエドワードに、ロイは茫然と声も無く見つめてしまう。

「…誕生日、おめでとう。
 後、昨夜は―――ありがとうな、楽しかった。

 またこっちの世界で連れて行ってくれるか?」

照れか恥ずかしさか。頬を薔薇色に染めた彼が、そんな夢の続きの言葉を言ってくる。

「――― 馬鹿な…、あれは夢で……」
思わず呟いた言葉に、エドワードが呆れた表情で腕を伸ばしてくる。

「…っ!? い、イタイ!! 
 ――― 酷いじゃないか、鋼の…」

抓られた頬を撫でながら、そう文句を言う自分にデジャビュー感。
そして頬の痛みに、少なくとも『今』は夢ではないらしい。

「ば~~~か!!
 あんた頭、固くなり過ぎ! 二人同時に同じ夢を見るわけないだろ」

抓られた頬の熱がじんわりと胸にも広がって行く。

「大佐、俺さあんたに伝えたいことが有ったんだ…――」

そう言って屈んでロイに告げられた言葉に、ロイは今もやはり夢をみているのではないかと疑う。

     ――― Happy birthday.

      To you who love.
―――


 

                                      fin
 






























「やれやれ、頭の固い男だったもんだ」
そう不満を口にし、凝った肩を揉むように指を掛ける。
「やはり慣れない酔狂をするもんじゃない…」
この世界に干渉できる範囲は極僅か。
後は人の命運がどう動こうが傍観に徹するのが掟。
時に占者や預言者になり、魔法使いと恐れられたりペテン師と煙たがられたり。
そんな程度の干渉がギリギリだ。

そんな彼でも思わず惹かれた二つの光。
その輝きは彼の深淵の寝床にも届いていた。
付かず離れずで飛び交う2つの光に興味をそそられ、久しぶりに地上の世界に出て来てみたのだ。

――― これからまた数百年は眠って過ごそう……。

そう思いながら大きな欠伸を一つして、彼の姿は闇へと溶け込んで消えた。


                                  fin

(コメ)ロイ君が喜びそうな贈り物を考えた結果のお話。


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