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第百六十九段
「何事の式といふ事は、後嵯峨の御代(みよ)までは言はざりけるを、近きほどよりいふ詞(ことば)なり」と人の申し侍りしに、建礼門院の右京大夫(うきょうのだいぶ)、後鳥羽院の御位(おおんくらい)の後、又内裏住(うちず)みしたる事をいふに、「世のしきもかはりたる事はなきにも」と書きたり。 現代風訳 「しきたりを指して「〇〇式」という言葉を使うのは、御嵯峨院の御在位であった御世までは言わなかった。近ごろ、よく使われる言葉である。」とある人が言っていたが、建礼門院右京大夫が後鳥羽院がご即位の後、再出仕した事をいうのに、「世の式(しきたり)は何も変わっていないのに、平家は滅んでしまった」と書いてある。 ![]() ![]() ![]() 『世のしきも… 「御しつらひも世のけしきも変りたる事なきに、ただ我が心のうちばかり砕けまさる悲しき」(建礼門院右京大夫)とある。ただし「けしき」であって「しき」ではない。兼好の勘違いか?』説に一票。 「式」の意味が違いますものね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.08.03 07:05:17
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