カテゴリ:表沙汰
思考することは価値があるのか。思考停止がメジャーな世界では、思考するものは、世界に疑問を持つものは、その思考停止社会の和の精神を乱すものに違いなく、迫害されうる。 ただ、情報をたくさん持っているだけで、それについて考えようともしない。だから、思考されたものに対して拒否反応を起こし、過去から現在の、事実の羅列を好む。発展系のものに対して拒否反応を起こし、薄っぺらいものを好む、質より量。感情論も、思考されていないがために、ただの事実の横流し、どこかで聞いたことがあるような価値観でしかない。 自分以外の誰も価値を認めてくれないものは善きものとなりえぬのである。思考するものは、思考という無駄な荷物に悩みその重さを恨む。思考できないものは、思考するものを、理解できないがゆえに中身のないものとするか、あるいは妬む。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.09.09 00:44:21
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