見えない闇
今の時代、何が起こっても不思議じゃないし、何が起こってもあまり驚かなくなっていたが、今日の新聞に載っていた二つの記事には予想を超える隠されたものが、社会にはいくらでもあるのだなと考えさせられた。 一つはイラクからの記事である。「銃撃戦の一時間後、売人達がやって来る」とサブタイトルが付けられていたが、今イラクでは血液が大変不足しており、闇の売買が横行している。爆発事件や銃撃事件が起こると、その一時間後には病院の前に血液の売人達がやって来る。そしてなんと病院の前で血液の競りが始まるのだ。 当然怪我をした人の家族はなけなしの金をはたいて、血液を言い値で購入する。いや、本当に貧乏な人は黙って見ている以外にない。目の前の瀕死の家族を救うことができない。国の保健省が設立した「血液銀行」もあるが、ここも無料ではなく、献血した量と同量の血液を提供するというシステムだ。ここでは自分の血液型にかかわらず必要としている血液型を入手することができるが、一般で買う場合は血液型によって値段が違う。通常は1リットルあたり2,000~4,000円だが、不足するO型の場合4,000~5,000円くらいになる。 さらに闇が深いのは血液銀行の当局者が、血液を闇の売人に横流ししているという事実だ。海外から支援で届く血液や医薬品も政府の担当者が闇市場に転売しているという。こういう土壌がある以上、ただ単に政治目的のテロばかりでなく、血液や臓器売買が絡んだ爆発や銃撃もおそらく存在するのだろう。 イラクの人民を解放するとの大義名分で始められたこの戦争はイラクに一体何をもたらしたのだろうか? もう一つの記事は地元北海道の労働問題だ。「労働破壊」というタイトルで連載されるらしいが、今回の記事は運輸業界の実情。その内容には唖然とした。30代の男性運転手は、新規集荷のノルマを課されて達成できないと、同僚の前で下着を脱がされて体毛を焼かれたと言うのだ。しかも、こうした体罰はこればかりではなく、ビンタ、蹴り、張り手は日常茶飯事、目を殴られてコンタクトレンズを割られた者もいれば、耳たぶを引っ張られて出血した者もいるという。それも「返事が小さい」「点呼に数秒遅れた」という理由でである。 ノルマを達成できないときの暴力におびえ、運転手が自腹を切って達成させるのは当たり前だったらしい。この運転手はこの会社に3年間勤務し、毎日この恐怖にさらされていた。「店長は支社の偉い人からプレッシャーをかけられ、その店長が係長にヤキを入れる。そして係長は腹いせに僕たちを殴る。僕らはまるでストレスのはけ口でした」と述懐する。 トラック業界は1990年に新規参入の規制が大幅に緩和され、同年度に約64,000台だったトラックの数は、2003年度に約91,000台と急増した。タクシーなども同様だが、台数が増えれば過当競争で賃下げや過重労働となる。この問題の会社に勤めていたある運転手は、10年前に月に60万円あった収入が、30万円に半減し、さらに同僚が深夜まで怒鳴られていた翌日自殺したことで、退職を決意した。 この会社に限らず、中小企業労働相談所には「時間外賃金を払ってくれない」「車の修理代は全額自己負担するよう言われた」などの相談が絶えないそうである。 実は私自身、複数の大手運送会社で働いたことがあるから内情はよくわかる。この問題になっている会社も“大手”とつく以上、簡単に想像がつく。私がいた会社の片方に間違いないだろう。私がいた頃はそれほどあからさまな暴力はなかったが、軍隊みたいな会社で、理不尽なことは山ほどあった。休みは月に二日だけ。普段の仕事でも早朝から深夜まで働き続け、睡眠時間は平均3時間くらいしか取れなかった。有無を言わせず藤山寛美のチケットを渡され、勝手に給料からその代金を引かれたり、給料の一部は勝手に会社に預かられる。「社員が無駄遣いして金を残せないと言うことがないように」との理由が伝えられるが、退職時に返しては貰えるものの、たぶんそのお金を銀行に預けてその利子を懐に入れていたと思われる。社員全員から毎月預かるとなれば膨大な金額であり、当時の利子なら結構な儲けになったはずだ。 品物が破損したりしてそれが当人のミスならば、個人で弁償させられた。車も同様である。私がいた頃、仕事中にトラックを燃やしてしまったドライバーがいた。箱形の荷台の上の方までびっちりと段ボールを積み上げ、車内灯を消し忘れたまま走って、加熱から出火したのである。当時の上司は「あいつはもう一生ただ働きだな」と言っていた。 普段の仕事ももちろん新規集荷のノルマがあり、セールスドライバーなので、受け持つ区域の配達・集荷・集金・営業・苦情処理全てを一人でやらなければならないし、荷物の上げ下ろしも一人だから、どんなに大量の荷物でも、何十キロもあるような重量物でも一人で上げ下ろししなくてはならない。 その当時はとても高額な給与を貰えると言うことで有名だったが、実は基本給は信じられないほど安い。給与のほとんどは残業手当なのだ。さらに休みもなく体力勝負なので食費はもの凄く高くつくし、ドリンク剤などを毎日飲みながらやらなくてはとても体がもたない状況だった。私は5ヶ月で膝と腰を壊し、歩くのもやっとの状態で退職した。 そんな業界が過当競争で儲からなくなれば、しわ寄せは全てドライバーにくる。今、本当に仕事があっても食えなくなってきている人が、もの凄くたくさんいるのが道内の実情だ。それでも辞めれば仕事自体がないから、信じられない理不尽な状況の中で働き続けている人たちがたくさんいる。 今、北海道そのものが自治体として経済破綻の危機にあり、公務員の給与を20%削減するという話がまことしやかに議論されている。実際のところそうでもしなければ北海道は破産する寸前の状態にある。 だが、それが実行されれば経済は一気に冷え込み、全ての業種が連鎖的にさらに深刻なダメージを被るだろう。いま、その危機は目の前に現実のものとして迫っている。 様々な民営化や規制撤廃、新規参入緩和は確かに物の値段を下げ、無駄を少なくした。だが、本当にそれで良かったのだろうか? 道内の農業を見てもわかるように北海道を支える根幹の産業の多くが今瀕死の状態にある。働いても働いてもまともな生活ができなければ、若い者達の勤労意欲もなくなる。それは当然激増するニートやパラサイトシングルの問題にも直結する。価格破壊は自分たちの生活破壊にも結びつくことを我々は知った方がいい。それともやはり私たちは幾度となく繰り返してきた文明の消滅まで行かなくては気づくことができないのだろうか。