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love&peace♪マチオの脱力生活日記!

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2006/09/28
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 市の生涯学習課主催の、「家庭教育講座・第3回」の講師を務めてきた。元登校拒否児童・ひきこもり経験者として。

 先日の長岡での講演&パネルディスカッションで知り合った、西野博之氏のご縁で、「川崎市子どもの権利に関する条例」を知り、その中から特に第2章「人間としての大切な子どもの権利」を紹介した。この条文は、“子ども”の部分を“人間”と読み替えてもすべてそのとおりだと読める。そのくらい、人間であったらこういう権利を有し、こういう風に扱われたいものだなぁ…と思える内容。第2章の中からさらに、第10条(安心して生きる権利)と第11条(ありのままの自分でいる権利)を取り上げて紹介した。せっかくだから、ここでも引用しよう。

(安心して生きる権利)
第10条 子どもは,安心して生きることができる。そのためには,主として次に掲げる権利が保障されなければならない。
(1)命が守られ,尊重されること。
(2)愛情と理解をもってはぐくまれること。
(3)あらゆる形態の差別を受けないこと。
(4)あらゆる形の暴力を受けず,又は放置されないこと。
(5)健康に配慮がなされ,適切な医療が提供され,及び成長にふさわしい生活ができること。
(6)平和と安全な環境の下で生活ができること。

(ありのままの自分でいる権利)
第11条 子どもは,ありのままの自分でいることができる。そのためには,主として次に掲げる権利が保障されなければならない。
(1)個性や他の者との違いが認められ,人格が尊重されること。
(2)自分の考えや信仰を持つこと。
(3)秘密が侵されないこと。
(4)自分に関する情報が不当に収集され,又は利用されないこと。
(5)子どもであることをもって不当な取扱いを受けないこと。
(6)安心できる場所で自分を休ませ,及び余暇を持つこと。

 不登校の問題を取り上げるならば、学校に行く/行かないということよりもむしろ、子どもたちのこういった権利が侵害されていないか?保障され充分に守られているか?という問いかけの方が遥かに重要だと感じる。また、“ありのままの自分”で、“安心して生きる”ことができていれば、学校に行こうが行くまいが、それは取るに足らない小さな問題、あるいは問題ですらないと言ってしまっていいことかとも思う。いやいや、学校に行かないこと=不登校がむしろよろこぶべきことなのだ、という考え方だって可能なのだ。

 今年6月に講演を拝聴した際の、東海大学の長谷川博一教授のエピソードに触れた。教授は、自分のところに相談に訪れる、不登校児童やひきこもりの親御さんたちに、開口一番、こう言うのだそうである。

「おめでとうございます」

 正直、面食らった。
 それまでのオレの、ひきこもり・不登校に対するスタンスは、
「ひきこもり/不登校“でも”いいじゃないか」
 というものだった。しかし6月の講演を聴き、だんだんと時が経つにつれ、この「おめでとうございます」の言葉が次第に胸にすんなり落ちてきた。
 多くの不登校生徒児童とひきこもり者は、今まで耐えに耐えてがんばってきた人たちである。そういう人たちが自らの限界を認め、「もう続けられない」と、学校に行かなくなり、またその多くが社会との関係をほとんど絶って生活している。社会規範や常識の視点から見れば、これは“問題”と呼ぶことができるかもしれない。だが、当事者本人の気持ちを考えたら、どうか?生きづらさを感じながら、誰にも弱音を吐けず、耐えに耐えることを続けることを、オレはその人に対して願うだろうか?答えは、否である。
 ひきこもりも不登校も、やむにやまれず選択した緊急避難的手段であると思う。不登校であること、ひきこもりであることにより生じてくる生きづらさというものも、確かにある。だが、そういう手段を自ら選択することによって救われている部分は必ずあるのだ。ひきこもる人、不登校になる人にとって、そうした状態を自ら選び取れたことは、必ず良かったことなのだ、と、大胆にそう言い切ってしまおう。そういう信念を持ってこその、ひきこもって、あるいは不登校になって「おめでとう」の言葉を発することができるのだ。

 オレ自身のことを言えば、ひきこもる以前は“自らを偽る故の”生きづらさを抱えていた。ひきこもって以後は、“偽りの無い自分自身故の”生きづらさ、に変わっていった。言い換えれば “他人から評価される自分自身への不安”が、“自らを評価しようとする自分自身への不安”に徐々にシフトした…ということだろうか。無論、“他人から評価される自分自身”への不安は、ひきこもり後にも残る。そしてそれが社会参加を困難なものにすることも事実だ。だが少なくとも、ひきこもることあるいは不登校になることによって、自らが他人によって評価される機会からは逃れることができる。またそれだからこそ今度は、“自らを評価しようとする自分自身への不安”が現われるのだろう。そこで向きあわざるを得なかったのは、“限りなく低い自己評価”という壁だった。
 何にも役に立たず、何も生産することもなく、ただ日々を食っちゃ寝してたオレは、自分をプラスに評価する根拠を何も持たずにいた。当たり前である。何もしないのだから。そうして“自分の価値”というものを、あるいはその根拠をひとつのこらず手離していった。「こんなはずじゃない。いつかはオレだって、きっと…」というような思いさえ長くは保ち得なかった。
 そして最後に残ったものは、ただ、「生きている」ということだった。振り返ってみれば、ひきこもっていたころ唯一あきらめずに続けていたのはただ、「生きる」ことだった。「今日の命を明日に繋ぐ」ことだった。今では「生きること」の価値も意味ももう、求めなくていいと信じている。いや、もう、そんなもの無くったっていい。「生きること・生きていること」それ自体が、唯一にして絶対の意味であり価値なのだと確信している。何ができる・何をしてる・何を持っている・何を知っている…それらのことをどんなに寄せ集めても、「生きている」ことそれ自体と両天秤にかけたら、絶対につりあわない。生まれてきたからには、どんな人間も必ず生きていていいのだ。「生まれてきた」そのことが、「生きていていい」ということの、唯一にして絶対に確かな証なのだ、と。
 圧倒的かつ絶対的な、「自分は無価値だ」という思いと向きあった結果、自分の命の価値だけは否定できなかった…ということだろう。自分自身の価値を、手離して、手離して。それでもなお「命が惜しい、死にたくない」という正直なその気持ちは、人間に与えられたよろこばしき本能であり、言うならば福音だったのだ。
 絶対的に低い自己評価は、しかし自らの命の価値までは否定できなかったがために、「どんなにダメでも生きていていい」というやけっぱちな開き直りを与えてくれた。そしてその開き直りは今なお、心の底の部分で、オレが生きることを支え続けてくれている。

 「どれだけダメでも生きていていい」と思えることは、考えてみればどんなに心強いことか。失敗もたいして怖くなくなった。自分自身に対して過大な期待を寄せないから、何をするにも基本は「ダメもと」なのだ。そう考えたらとっても気が楽になった。気が楽になったら、いろいろなことにチャレンジできるようになった。そして、成否にあまり心とらわれずにいることが、結局のところ満足のいく結果を招くのだ、いやいやそればかりか、自分が予想だにしなかった幸運さえ度々運んできてくれるのだ…という智慧も身に付けることができた。これらは全部、ひきこもったからこそであり、かつての低い自己評価ゆえのことでもある。

 そして今オレは、「ありのままの自分で安心して生きる」ことができている。飾らずに、偽りなく。それだけでもう、しあわせだと言える。

 あらためて考えてみると、ひきこもっている/いない、不登校である/ない、に関らず、どれだけの人が今、真にありのままの自分に満足しかつ安心して生きることができていることだろうか?

ひきこもりも不登校も、他人の評価に心とらわれることから逃れ、新たに自分自身で自分に与えられた命それ自体の意味や価値を体感するように与えられているのだと信じたい。そして「どんな自分であっても、常にありのままがいい」という気付きを手にしてほしい。ありのままの自分を許す心の広さがいずれ、ただ思いのままに生きることそれだけで自らの命を活かし、それゆえによろこびを感じる瞬間が次々と訪れる…今のオレが味わっているその幸運を招いてくれるのだ。

そう信じているから、やはり、

「おめでとう」

 と言うしかないではないか。ひきこもり/不登校は皆、必ずしもすべての人に与えられるわけではないこうした学びのチャンスをつかみとり、そのプロセスの大きな一歩を踏み出した証なのだ。よろこばしいことと言わざるを得ない。あらためて、声を大にして言いたい。

「ひきこもって、おめでとう!」

「不登校になって、おめでとう!」


 と。生きることをあきらめない、それだけで、みんなだいじょうぶなんだ。

 講座とその後の懇談会からそういう気付きを与えられ、「ひきこもって、よかった」の気持ちを強められる、他ならぬオレ自身にとってとても有意義な講座になった。声をかけていただいた市の生涯学習課の方に、あらためて感謝の意を表したい。





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Last updated  2006/10/05 05:37:32 PM
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