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マックの文弊録

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2010.01.15
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カテゴリ:よもやま話
☆ 1月15日(金曜日) 旧十二月一日 乙丑(きのと うし) 赤口: 朔、小正月、小豆粥

【ぜんざいとお汁粉】
今日話していた女性の知人が、いきなり「やたらとお汁粉を食べたくなった」とおっしゃった。
思えば1月15日は小正月で小豆粥を戴く習慣が有った。今でもそういう習慣があるところがある。小豆粥ではなくお汁粉を戴く地方もある。

小正月は女正月ともいい、年が明けて二週間、あれこれ忙しかった女性をいたわる意味も有ったそうだ。女性は甘いものが好きだから、小豆粥よりお汁粉の方に人気があるのだろう。
小正月にお汁粉を食べたいと言う気持ちになるのも、女性特有の本能の為せるところかもしれない。

お汁粉と聞くと、ぜんざいとお汁粉はどう違うのかが気になる。そんな事は女性にとっては既に常識なのかもしれないが、甘党でない私にはよく分からない。

和菓子屋さんには小さな喫茶コーナーを併設しているところがあるが、偶々そういう処に入ってメニューを見ると、お汁粉、田舎汁粉、ぜんざいなどと書いてあって、いよいよよく分からない。分からなくても私はそういうものを頼むわけではないから、解答はいつも置き去りで、店を出れば疑問自体も忘れてしまう。そして又いつか同じ疑問が気になるのだ。
これでは理論家で博識という名声(要するに理屈っぽくて、知ったかぶりという見解もある)を博している私としては、気持が悪いからこの際少し調べてみた。

ぜんざいもお汁粉も、本質は「小豆を煮て餅などを加えた、汁状の食べ物」である。
従って私の疑問は、
(1) 小豆と砂糖を材料にする、汁状の食べ物を何と呼ぶか?
(2) (1)の成果物にはどういうバリエーションが有るのか?
という質問に集約できる。

調べた結果、先ず(1)の答えは、「ぜんざいか若しくはお汁粉と呼ぶ。但しその呼称には地域性がある。」ということだった。
関東地方は「お汁粉」が優勢で、「ぜんざい」は関西以西で圧倒的な呼称である。圧倒的というより、関西以西の地方では、お汁粉などというものには元来市民権が無いようである。

ぜんざいは「善哉」とも書く。かつてテレビで「蝶々雄二の夫婦善哉」という番組があった。あれは、「夫婦お汁粉」ではしっくりしない。夫婦善哉は、都蝶々と南都雄二という漫才師の出てくる、大阪のテレビの番組だった。

もともと小正月の小豆粥を戴いた残りの茹で小豆を使って、砂糖を加えて甘くし、其処に鏡開きしたお餅を入れて、女子供が中心に戴いた。これはケチで有名な(だった)京都の町屋や、大阪の商家での慣わしだったそうで、食べてみると非常に美味しい。そこで「善き哉!よきかな!」というので、善哉(ぜんざい)という名が付いたというのである。
小豆粥の残り物の利用だから、小豆には当然皮が付いたままだ。だからこし餡ではなく粒餡、或いは煮崩れてこし餡状態になっていても、豆の皮はそのまま入っている事になる。
しかし、「ぜんざい」の由来は、これが定説という事でも無いようだ。

旧暦の十月になると、日本中の神様が出雲に集合される。それで日本の津々浦々は神無月と言われる。逆に出雲地方では全国から八百万の神々を迎えて神在月となる。出雲ではお集まりになった神々に小豆を煮た汁に餅を加えてお供えするのが仕来りであった。これを「神在餅」と呼んだそうだ。
神在月の「神在」は音読みすると「じんざい」となる。これからお供えの小豆餅汁が「じんざい」と呼ばれるようになり、これが転訛して「ぜんざい」になった。
なんだかインチキみたいだが、室町時代の「尺素往来」という書物に出てくるちゃんとした話である。

私は、どうも出雲説の方がそれらしい気がする。
京都でも大阪でも言葉が転訛していく際には、大和言葉に近くなっていき、響きが柔らかくなっていく傾向がある。それに「善哉」という漢語染みた硬い言葉は、小豆餅汁のような柔らかいものには何となくそぐわない。それより神様がらみで「神在」から「ぜんざい」になったと言うほうが自然である。そんな気がする。

次に、(2)の答えだが、これは少しややこしくなる。
関西以西では、基本的に粒餡で小豆の皮付きというのは上に書いたとおりだ。
従って、小豆餅汁のバリエーションは主に関東から東北地方、東日本での話である。つまり「お汁粉」を中心とした話となる。

先ず、「お汁粉」というのはこし餡が基本で、小豆の皮も小豆の粒も入っていない。小豆の皮や粒が入っているのは、此方ではわざわざ「田舎汁粉」と呼んでいて、誇り高き大阪人や、雅な京都人を時々怒らせるのだ。「坂東の田舎者に上方の善哉を田舎汁粉呼ばわりされるいわれは無い!」というわけだ。

そして、東日本で「ぜんざい」といえば、粒餡で「汁の無い!」ものを指す場合が多く、東京の甘味処に関西人が訪れたりした際には、「善哉を頼んだのに、あんこだけ出された!汁が無いやおまへんか!」と揉め事になったりする場合があるそうだ。

又、東京では、こし餡の本来の「お汁粉」を「ぜんざい」と呼び、粒餡の方を「田舎汁粉」と呼ぶ店もあるそうなのでややこしい。

さて、年来の疑問(というほどでもないけれど)に関して調べた結果をまとめると:
件の食べ物の呼び方は「ぜんざい」の方が歴史が古く由緒がありそうだ。何しろ室町時代なのだ。
「汁粉」の方は明治期になってから、東京に「汁粉屋」を掲げる店や屋台が出たのだそうで、殆どは明治維新で失業した元武士たちによるものだったそうだ。
だから、その由緒も歴史も断然「ぜんざい」に軍配が上がる。

「ぜんざい」は基本的に粒餡(少なくとも小豆の皮入り)を基本とする。こし餡は「汁粉」特有のもので、関西では認知されていない。関西人は汁粉を「あんな粉っぽいもの、あんこの水溶きでんがな。ワヤでんなぁ!」と馬鹿にする。
関東人も粒餡の「汁粉」を「田舎汁粉」と呼ぶのは、その来歴を考えれば思い上がりであって、国際紛争の火種になりかねないから控えたほうが良い。
と、いう事になりそうである。

要するに「ぜんざい」は粒餡で関西。「お汁粉」はこし餡で関東。「田舎汁粉」はこの際世間から抹消するほうが良い。と云う事である。

因みに、「ぜんざい」と「汁粉」の境界線は、フォッサマグナの西の端、つまり糸魚川-静岡構造線とほぼ一致するそうだ。
この境界線は中々意味深長である。

他にも「天ぷらにソースをかけて食べるか?」(ソースをかけるのが西日本。)、「紅しょうがの天ぷらがあるか?」(あるのが西日本。東日本にはそんなもの無い。)、「中華まんか豚まんか?」(豚まんが西日本。)、「肉と言えば牛肉か豚肉か?」(牛肉が西日本。西日本では豚肉は単に肉ではなく、わざわざ「豚肉」と言わなければならないし、鶏肉は元々肉の仲間ですらなく、「かしわ」という独自のカテゴリーに所属する。)、そして「鰻の蒲焼は腹裂きか背裂きか?」(腹側を裂くのが西日本。)、「エスカレータに乗るとき、立つのは左側か右側か?」(右側に立つのが西日本)というものの境界線も、ほぼこの位置にあるのである。

何故中央地溝帯の西の端が、日本の東西文化圏の境界になるのかは、又改めてのテーマである。







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最終更新日  2010.01.16 16:29:54
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