夢みるきのこ

2023/01/25(水)11:06

令和版・野ざらしの旅に出よう

きのこ目の日本史(132)

​​ ​ 秦氏たちの影が見え隠れする嵐山・大堰川の渡月橋​  この1月、心に決めたこと。  それは芭蕉に倣い、私にとってのバーチャルリアリティである心の中の荒涼たる世界へ旅をはじめようということ。  それは、聖徳太子の時代にはじまり、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山を経て芭蕉・蕪村の江戸時代までを杖なしに歩き続ける旅。  それはきのこと決定的な出合いを果たした直後から私が夢見てきた多くの時代のスーパースターたちを支えたきのこたち、すなわち目には見えぬ庶民の力を復元する旅。  それは今風の言葉に換言すれば、権力と権威の問題、政治と芸術文学の問題、はたまたリアリティとスーパー・リアリティの問題、IT、AIを経てメタバースが現実化してきた時代における生き物としての人間がメタ・バース世界というパラレルワールドとつきあうエチカの問題に尽きる。 きのこは私にとっては、それを如実に訴え続けてきたこの地球上で唯一のメタバース生物なのだ。現在はスーパーきのこの時代の真っただ中にあると感じている数少ない菌友のほとんどは鬼籍に入ってしまった。 私は20世紀がきのこの時代だと考えてきのこ暦第Ⅰ・Ⅱ期の16年を通じて日本キノコ協会によってその啓蒙活動に専念してきた。21世紀はすでににスーパーきのこ時代に突入して久しい。  2009年の第Ⅲ期よりは、それを意識したムックきのこクラブの聖地の旅を続けてきたが、第Ⅳ期はその深耕、整理の季節。そしてまもなくはじまる2025年よりは第Ⅴ期を迎える。そろそろ腰を上げないと時間がもたないとのんびりものの私もいささかおもらししそうなあせりを感じ始めている。  ♪~見渡せば花も紅葉もない~♪、菌類の夢の形・きのこだけがみおつくしのように点々と行くえを灯すはなはだ心もとないひとり旅だがそんなきのこを頼みにとにかく歩き始めることにする。  この正月3日、芭蕉の野ざらし紀行展の嵯峨野を訪ねたのにはそんな意味があった。  1月22日(旧暦のお正月)のラボMのアニメ『犬王』鑑賞のサロンのあと、参加者に引導を渡してようやくその一歩を踏み出す時節の到来を実感するに至った。  "野ざらしの心に風の沁む身かな" こんな芭蕉の心境にはほど遠いものだが、まずは日本最初のバブル期を演出した天平の良弁からはじめよう。  3月のラボMのサロンを良弁・聖武天皇のゆかりのある『東大寺萌ゆ』としたのはそんな意味がある。良弁ってなに?。と思った人は是非どうぞ。

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