2023/08/19(土)18:41
是非読んで欲しい『八咫烏の娘』
少女神 ヤタガラスの娘みシまる湟(こう)耳(みみ) 著 幻冬舎 刊 \1200+税 神武東征の真実を探る旅を実際に歩く間、わが「きのこ目の日本史」の原点である三輪山麓とりわけ狭井川のほとりのことがずっと頭から離れなかった。大和入りした神武が婿入りした五十鈴姫こそが古代史の鍵をにぎっているのではないか?。そう思うに至った頃、FBの古代史研究会のサイトで私の疑問にストレートに応えてくれる作者に出会った。彼は私ができれば避けて通りたいと常々思ってきた超古代史を、一挙に手の届くところにまで引き寄せ、見事に差し出してくれたのである。
本書を推薦している関裕二氏の2018年4月20日初版刊行の『神武天皇vs.卑弥呼』(新潮新書)と併読していただくと、古代史も埋蔵文化財の成果とあいまって重大な転換期に差し掛かっていることが理解していただけると思う。私の「きのこ目の日本史」は、秦氏という偏在するが主人公がいないために曖昧模糊のまま推移してきた擬制氏族集団の真実を明らかにすることだが、本書はその点に関しても大いなる示唆を私にあたえてくれた。 みシまる氏が本書であきらかにしたかったのは、ただ一つ。この列島が海神たちの国であったという真実であろう。彼はそのことを『古事記』、『日本書紀』から掘り起こし、遠くはオリエントにまで広げ、ヤタガラスの娘たちを産んだ三島湟咋耳神(みしまみぞくいみみのかみ)の血脈のカリスマ性こそが八咫鏡(やたのかがみ)そのものであると喝破している。我が国古代史は縄文以来のアニミズム信仰が基層になっており、呪術史観は重要なファクターだが、我が国の黎明期の王たちが競い合って八咫烏の娘たちの霊威を欲したという事から始まる彼の論法は従来のそれを遥かに凌駕するもので、古代史を金属史観の観点から見ようとする私から見ても深い示唆を与えてくれるものだった。本書を一読すれば日本史を少しでも齧ったことのある人なら我が国初期王権の謎の部分が驚くほど鮮明に浮かび上がってくるのがお分かりいただけると思う。ヤタガラスの娘とは『古事記』に言うところのセヤダタラヒメ=活玉依姫、『日本書紀』では玉櫛姫=ヤマトトトビモモソヒメ(箸墓伝説の主)のことで、この娘と出雲王との間にうまれた子供がホトタタライススキヒメ、すなわち神武大和入りの直後に婿入りしたとされるヒメタタライスズヒメ(通称五十鈴姫)である。すなわち彼女の祖母ミシマミゾクイミミノカミこそが海神国家の真の王であったことを明らかにしている。私にとっては本書で三島氏と秦氏とが切っても切れない存在だと考えるに至ったことはまさに晴天の霹靂(へきれき)級の発見であった。全国に三島という地名が70数ケ所あり、いずれも三島姫神と深いかかわりがあること、平岡公威が三島由紀夫に改姓し、狭井神社に石碑を寄贈し、『豊穣の海』二巻の「奔馬」で三輪山のシーンを描いていることなど、まだまだ興味のつきない指摘がちりばめられた本書だが、これを踏まえて控え目ながら私の五十鈴姫のイメージも本号の神武東征4で触れてみたいと思う。『古事記』、『日本書紀』に忠実になればなるほど黎明期の日本が思い描けなくなるこのジレンマを解消するためには、本書のような大胆かつ鋭利なメスを入れてくれる好著が次々と世に出る事が望まれる。聞くところによるとみしまる氏は続編を準備中だとか。出版が待たれる。