とっちの Sands of Time

2013/01/11(金)15:44

ロンドンでの体験 その2 プログレバンド その13

私は、たった今自分の足で踏んでスイッチを入れたエフェクターを見下ろした。 すると、そのエフェクターの音量つまみがゼロを示しているのに気が付いた。 すぐさま腰を落としてエフェクターの上に貼ってあるセロテープを剥がし、音量つまみをこれ位だったと思われる位置まで回し上げた後に次のギターフレーズを弾き始めた。 幸いにもこの動作は、ドラムロールの間に行われバンドの変拍子のリズムから外れることなく再び音が出るようになり、観客にこの一件を気づかれるずに演奏をすることができたのだが、私の頭の中ではまだ「なんだ、なんだ?何が起こったんだ?どうしたんだ?」というパニック状態が続いていた。 私は、とりあえずギターの音は出るようになった事だし、当面の問題は解消したので今は余計な事は考えずに引き続き演奏に集中することにした。 演奏は一曲目の最後に差し掛かり、ギターのメロディーラインとシンセサイザーのストリングスが流れる箇所に来た時の事だった、私はギターを弾きながら何処からか不可解な不協和音が聞こえている事に気がついた。 この事は後で知ったのだが、キース曰くキーボードのスティーブが使用しているムーグというシンセサイザーは、スイッチをオンにしてからその音が安定するまでは一定の時間がかかるらしい。 キースは、スティーブにキーボードのスイッチを入れて置く様に再三アドバイスをしたにも拘らず、スティーブは忙しくてスイッチを入れて置く事を忘れていたらしい。 その為、彼はキーボードの音程が不安定のままこのパートを演奏する結果となり、不協和音を出す始末になってしまった。 一曲目が終わると、ヴォーカルのトレイシーが観客を相手に話をしている間、スティーブはチューニングに取り掛かりその後2曲目のUFOという曲の演奏が始まった。 この頃迄には、私も先程の自分に降りかかったアクシデントの事はすっかり忘れてしまい、本来の演奏を楽しむようになっていた。 UFOの演奏の最後に、その時の思い付きでエコーマシンを使いキーンという宇宙的な音を出したところ、観客が思った以上にその音に反応してくれ手を叩いたり歓声を上げたりして喜んでくれたのも私にとっては新鮮な驚きだった。 ステージの進行も難なく進み、このコンサートの最後の曲となった。 この曲は、私がこのバンドに参加して是非弾いて見たかった曲の一つで曲名はMISSION14、基本的なリズムは8分の15の変拍子で構成されているのだが、この曲は途中でいろいろな仕掛けがありキースがQUASARとして初めて作曲した曲らしい。 私にとってこの曲は、とても思い出深いそしてキースの作曲能力が至る所で発揮された秀作だと思う。 この曲の演奏途中で私がギターの早いフレーズを弾く箇所があり、キースがコンサート前に私に忠告していた「野外演奏は、冷たい風が手の甲を撫でると指が動きにくくなる」と言っていた事が実際に私の身に起こり、一瞬指が凍りついた箇所もあったのだが今思うと、私自身初めての野外演奏だった為に緊張した為に起きた現象だったのかも知れなかった。 そうしている内にコンサートも無事に終わり、キースも新生のQUASARの初コンサートが無事に終えて安心したのか、満足そうに笑顔を見せながらステージを下りてきた。 私はロンドンに戻ってから、キースに今回のコンサートで誰かが私のエフェクターに細工をしたらしい事を話して見たのだが、彼は別に驚く風でも無くこの業界ではその様な事件は良くある事でキース自身にも降りかかったある出来事を私に話し出した。 それは、彼が1970年代にジョンメイオール・ブルース・ブレイカーズと言うバンドでベースを引きながらアメリカの西海岸を演奏旅行をしている時のことだった。 キースがステージ前に飲んでいたお酒の中に、何者かが密かに眠り薬を入れたらしい。 当然、彼はステージで演奏中に倒れそのコンサートは中止になり、キースはこの一件で理不尽にも責任を取らされバンドを首になった。 同じ頃に、ニューヨークで演奏をしていたユーライア・ヒープと言うバンドのベーシストが演奏中に感電死という事故が起こり、西海岸で職を失くしていたキースにユーライアヒープからベースを持って直ぐにニューヨークに来るように連絡が入った。 彼は、そのままニューヨークに行きホテルに着くや否やバンドからツアーで演奏する曲のテープを渡され、そのままホテル内に缶詰状態で曲を練習させられたらしい。 キースは、その時の話を私にしながら当時を思い出すように「数日後、曲をマスターした後いきなりマジソンスクエア―・ガーデンズのステージに立たされた時は、正直足が震えたよ。あのステージは観客席がぐるりと取り巻いているので、俺がステージに出た丁度その頃殆どの観客がライターの明かりを付けているのがぐるりと見渡せて、思わずスゲェって心の中で思ったよ。」と静かに語るキースを見ながら私は、自分が今日受けた悪戯なんてほんの微々たる事の様に感じていた。 その夜、キースとメアリアンにお休みを言って彼らの家を出る時、メアリアンが私に「今日はとっち良くやったわね、QUASARの前のギタリストが貴方が良いステージを見せたので腐っていたわよ。」と教えてくれた。 私は、「そう、ありがとう。私も最初の野外ステージが結果的に楽しめて本当に良かったよ。じゃまた後でね。」と言って家路についた。 私は、深夜の人気の無いロンドンの道路を、心地よい疲れを感じながら自宅のあるロンドンの北に向かって運転していった。 当時、私が住んでいたマズウェル・ヒル地域はこの時間帯の路上駐車が困難で、いつもながら殆どの道路がぎっしりと車が駐車しており、なかなか駐車をするスペースが見つからない。 ぐるぐると車を運転しながら、ようやく家から歩いて10分位の所に空いている場所を見つけて駐車をした後、人気のない夜道を用心深く歩いて家に入りふと時計を見ると時間は既に朝の3時を回っていた。 私は、いつもの様にマグカップにたっぷりミルクを入れた濃いミルクティーを飲みながら、それまでの頭と体の緊張をゆっくりと解きほぐしてから眠りについた。

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