論文への査読 対策はあるのか
10月中旬に論文投稿を行いました。11月末に査読結果が届きました。すんなりアクセプト(受諾)されるとは思っていません。よ!さて、、と。査読結果を見ると、誤植に間違いの指摘と見事に的を突いている。この論文、提出前に120回は読んだのにな・・。ワタシは何度も読み返すうちに、軽く流し読みしていたんだと反省した。誤植は論外。読み込めば分かること。その作業を怠っていたということだ。今回は一つの誤植があった。大学院の教授に、「誤植はありえません。その時点で査読の先生に論文は読んでもらえません。」と指導されていたのに・・。それはそうだ。論文を数多く書き、精度を高めた先生が審査するのだから。大いに反省、大変失礼なことをしてしまった。猛省。・・・。ワタシは査読していただく、その先生を知ることは無い。内科系かな?外科系かな?と指摘内容に沿って修正しながら思いにふける。出口のないこの論文は(課題が多すぎて)、世に出ないのではないのかと思ってしまう。でもね。協力してくださった患者さんを思えばこのままじゃ終われない。自分ができる最大の努力をして修正しよう。この研究が、もしかしたら誰かの命を救うことができるかもしれない。残された命を有意義に過ごすことができることができるかもしれない。自分が仕事を続けていけるのは、誰かのためになっているという僅かな光を求めているのかもしれない。Googleで名前を検索して、論文がヒットするような自分になりたい。教授と約束したんだ。1年1本の論文を書きますと。楽しくは無いし辛いけど、自分が歩いてきた足跡が残っている気がします。話が逸れましたが、査読の先生方の御言葉は的を得ているので心に刺さります。グッときて、ハッとするなんて言ってられません。きっと、怒りを覚えますね。なんで分かってくれないのだ、これが当たり前だろ!と。でもね。今だから言えます。論文は異業種の方々も分かりやすいものでなければいけません。専門用語は解説して、図や表も見てわかるようにしなければいけません。今、こんなことを言っていますが、論文の修正を始めたのは査読結果を受け取った15日後です。その15日間はなんでわかってもらえないのかなーと被害者モードになっていました。ワタシを救ってくださったのは、東海 正 先生の論文「審査員からのコメントへの対応と修正原稿の提出時には」です。https://doi.org/10.2331/suisan.76.80査読者の先生はほとんどボランティア!より良い論文にして世に送り出す手助けをしてくれている!そうなんだ! そーかー!頑張るか~!そんな後押しを受けて、本日修正(1回目)を終えました!論文の受諾期限は6ヵ月なんです。只今、教授から絶賛指導を受けていますが、年明けには再度エントリーできますかね。少しだけ、年末年始は眠れますかね。気が気じゃないです。OKください。教授。