跡取り息子の憂鬱。
世間には2代目以降のいわゆる跡取り息子ってのが山ほどいるわけで。最近そんな話になって気が付かされたのは俺はどうやら2代目っぽくなさ甚だしいらしい。たしかに言われてみればそんな気もする。3男坊が独立して始めた稼業で親父は親父でそりゃ苦労も葛藤もあったろう。しかしその努力と懸命さは心底認めるが俺から言わせればセンスと先見の明がなかった。いやそれ以上にあまりにも固執した価値観が強すぎたのかもしれない。そんな親父とおふくろと三人で家業に勤しんだが5~6年したころだろうかあ。こりゃうちはつぶれるな。と確信した時があった。それまでは完全にガキの使い程度の仕事しかしていなかった俺だったがこのあたりからいよいよ本気をださないかんなと思うようになってきた。どこの家でもある話だが当然息子が自分の色をだそうとすれば先代と衝突する。御多分に漏れずうちもそうだった。一度だけお互い刃物をもって殺し合い寸前という一幕もあったがそれ以降は冷静な話し合いにお互いがつとめるようになったとも思う。だがまだまだ先代の威厳も強くまた俺にも力がなかった。しかしなんとしても新店舗という形で「自分の色」を出したい俺は物件探しや人脈の構築に奔走しいまかいまかとその好機を伺っていた。結局たどり着いた答えは初期投資で200万あればテナントで出店できる算段がたった。しかし親父とおふくろは大反対でなかなかその「初期投資」の準備が整わない。そしてその金を自分で準備できる力も当時の俺にはなかった。そんなある日。相も変わらず親父に頼まれ銀行に問屋への支払いの金を準備するため払い戻しに訪れた。当時はうちのメインバンクという事もあり息子の俺が払い戻しに行ってもそこそこの金額でも親父の印鑑さえあれば引き出すことができた。今思えばいい時代だった。だがそこでふと思った。あ。俺が必要としている金がここにあるじゃん。と。たしかに目の前にあるこの金は問屋に支払う金だが何も少しくらい支払いが遅れたって追い込みかけられるようなことなんかねーだろうと勘繰り気が付いた時にはその支払いの金の中から200万すっぱ抜きその日のうちに契約を済ませ必要な備品も予約してしまった。当然ながら親父やおふくろは卒倒しそうな顔で烈火の如く怒ったがやってしまったものは仕方ない。もう後戻りもできないしするつもりもない。もちろん邪魔をさせるつもりもない。そうしてその一年後無事新店舗出店を達成した俺はそこからはもう自分の好きなように生きたし前に進んだ。正しいと思えば親の言うことも取り入れたが根本的には無視。決めセリフは俺にこんな事をさせないで済む環境を作っていなかったお前らが悪い。何を言われようがこのままじゃつぶれる。そう思ったら俺がやるしかない。そう信じて前だけを向いてきた。それがぴったり今から10年前。今思えばあそこが大きなターニングポイントだった気がする。親を大事にするのと親に従うのは全くの別物だ。親を大事にしたいからこそ現実を突きつけ結果を出し黙らせるしかない。事実今でも同世代の跡取り息子たちは親父が~とか社長が~とか愚痴をこぼして自分のやりたいようにやれないいる連中もたくさんいる。でもそれは俺から言わせればそう愚痴をこぼしていても確実に食っていける確証があるから嘆いていられるのであって本当に切羽詰まったら「現実が見えていない親」は邪魔者以外の何物でもない。だから追放・却下して当たり前なのだ。もちろんこれはうちが個人事業だったからという特異性もあることはまちがいない。会社組織ではそう簡単にはいかないだろう。でもきっと俺は会社だろうが何だろうがそうしただろう。要は大切なのはどれだけ「腹を括れて」どれだけ「最後は死んじまえばいーんだわ」と開き直れるかだといまだに信じて疑わない。つまらないプライドや価値観に固執して自分を変えられないでいる自分の生きたいように生きれないでいる人には月並みだが最近俺がしみじみと気が付きやはり先人たちが言っていることは間違いないと確信した言葉を贈りたい。人生は一度きり。生きたいように生きたもんの勝ち。うっすらそんな気はしていたが。これは多分間違いないと思う。ビビったら負け。迷ったらGO!挑戦の先にしか答えはない。