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1

mamaroseことCoco Roseの話

2008.12.30
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毎年年末になると言っているけれど、今年も終わり。

当たり前のように、言っているけれど、
”今年も終わり”って言えるのって
奇跡かもなんてふと思う。

世の中を見渡せば、ナイフで刺したとか、
はさみで刺したとか、殴ったとか、とにかく
自分の思いどうりに行かなかったからと
暴力を振るう者が増えているようだ。
その暴力は弱い乳児や老人にまで及ぶ。
戦争のない日本と言う国で命が今日も消えていく。

些細なことに腹をたて、カッとなり、
人の命を粗末にする人が多くなったように感じる。
欲しい物や、やりたい事が今までのように、
簡単に手に入らなくなる可能性の多い来年は
もっと事件が起こるかもしれない。
道を歩いていても、事件に巻き込まれる可能性はあるし、
実際、何の罪もない人達が事件に巻き込まれている。

”今年も終わり”と言える私は幸いである。
今日まで命を繋いで来れたことは幸いである。

昨日科学チャンネルを見ていたら、
生命の元は宇宙から彗星に乗ってやってきて、
海で命になったというようなことを話していた。

数え切れないくらいの突然変異と進化をして
色々な形の動物になっていくのだろうけれど、
バランスよく、出来上がっていった動物を見れば
それは、奇跡としか、いいようがない。

そう考えれば、今私達がこの世に生を受けて
生きていると言う事自体が、奇跡である。

奇跡的にこの世に生を受け、今日まで病気や
事故で死ぬ事もなく、命を繋いで来れた事
色々な経験をして、少し賢くなれた事
”今年も終わり”と言える事に感謝をしよう。

そして、そんな私と関わってくれたすべての人々に

今年一年本当にありがとう。
来年もヨロシクお願いします。


PS:最近は体調のせいもあって、
記事書けてません。ごめんなさい。
これからは、Cocoの日記の方をよければ見てください。
今回も、Cocoの日記の方から、コピーして来ました。
愛されたいあなたへは、誰かの役にたつかもしれないので
このまま残しておきます。
お気に入りに入れていただいている方で楽天の方は
楽天のお友だちの所でリンクさせていただきたいと思います。
そうすれば、私も皆の所によることが出来ますので。
長い間ありがとうございました。


*****


PS:日本のみんなへ、
体調がよくなったら、春に日本に帰ります。







最終更新日  2008.12.30 16:24:14
2008.10.13
テーマ:心の病(7392)
突然思い出したとドラマチックに書いてみたけれど、
突然思い出したのは、実はこの事が私にとって
お金に対する罪悪感を植えつける出来事だと
思い出したわけで、こういう出来事があったことは
なんとなくうっすらと覚えていた。

こう言う出来事は、我家では数回あったことで、
特別珍しい事ではなかったし、反芻する人が
我家にはいたので、長年に渡り、嫌でも
思い出さなければいけなかったからである。
ただ、こういう出来事に、お金が関係したのは、
今思い出せる範囲では、この時だけだと思う。

まあ、そんな関係ない話はどうでもいい。
要するに、この出来事が、私に深くお金に対する
罪悪感を植えつけた出来事だと突然思い出したわけだ。

”ああ、そうだったのか”
と納得すれば、物事が解決するのに
あまり時間はかからない。

私のこの出来事の場合は、どうすればいいかと言うと、
自分がお金を受け取ったという行為を許せばいい。

私は以前、自分の存在を自分に許可したことがある。
許可を与えた所で、長年の癖はすぐには抜けない。
それでも、許可を与え続けたことによって、
しばらくして、本当に楽になった経験がある。

その後の勉強で増えた知識と、日々の訓練のおかげもあり、
思考を書き換えるのは、ありがたい事に、
それほど苦労しなくてよかった。

大体、私が200円を手に入れて大喜びしようが、
しなかろうが、この出来事は避けられなかっただろう。
小さな子供が大人の感情や行動の責任を取る事はできない。

出来事が自分のせいだと感じたことも思い出したが、
その出来事は、私がお金をもらった事とは
関係のないことなのだ。

要するに、お金を手に入れても、入れなくても
自分にとって、不都合なことが起こりえることは
人生には、多々あるのである。

その不都合は不都合として、自分が受け止めているだけで、
実はタダの出来事なのである。

タダの出来事をどう受け止めようと、人の自由である。
だけど、自由になりたければ、ダダの出来事だと
受け止めなければ、実は自由にはなれないのである。

思考を変えて何が変わったか、それもついでに書いておきたいと思う。

私は、貯金する癖が小さい頃からついていたのだが、
実は、お金が貯まり始めると、必ず自分以外の事に
使わなくてはいけない状態に追い込まれていた。

それが、人の借金を返し続けたり、人に貸したのに、
戻ってこなかったりという事がなくなった。
そして、お金が足らない時は、何故か不思議とまわるようになった。

*****

思考は現実化すると言う言葉や引き寄せの法則など
聞いた事がある人もいると思うけれど、これって本当。

必要でない罪悪感は、(お金に対するものに限らず)
みんな捨てましょうね♪

(この日記は、COCOの日記からのコピーです。)






最終更新日  2008.10.14 04:27:45
2008.09.30
お金に対する罪悪感その3です。

家庭環境から、自分だけにお金を使う人にはなりたくない
と思いこんだのも、欲しい物をねだることは誰かを
悲しませる事だと思いこんだのも自分なりに理解出来る。

だから、人に対してはそれがたとえ不本意であったとしても、
お金を使えるのに、自分に対してはどうしても許せなかったり、
罪悪感を感じたりするようになった理由はわかる。

だけど、誰かに対して、仕事の報酬をもらう事に対して
あるいは、いただいた後に感じる罪悪感に対しては
自分でも理解出来なかった。

だから、罪悪感を感じないように、自分に色々な
言い訳をする嫌な奴になり下がっていた。

相場より安いとか、よい物を提供しているとか
相当量以上の仕事をしているとか、時間をかけているとかである。
報酬を払ってくださる方々に言い訳するのではなく、
自分に対して言い訳するのである。
要するに、お金を受け取るという事に対して
自分なりに納得しなければいけない。

お金が沢山あれば、人を楽しませる事ができる。
お金が沢山あれば、人を助ける事が出来る。
それなのに、何故こうもお金に対して罪悪感があるのだろう?

物欲がなくなって、今では自分に対して欲しいと思う物は
特に何もないのだけれど、お金はエネルギーだと
気がついてから、この罪悪感が何処から来るのかと考えていた。

そして、無収入だけれど、自由時間が有り余るある日、
突然思い出したのである。

私が突然思い出した出来事とその時に感じたであろう感情は、
長年、知らない間に、私をコントロールしていたのだと思う。

簡単にお金を手に入れば、とんでもなくひどい事が起こる。
シメシメなんて思った後に、とてつもなく辛い事が起こる。
ウキウキしていたら、大切な物を失くすような事が起こる。

そういう風に私の潜在意識に書き込み、40年以上に
わたって、封印していた出来事を突如思い出したのである。

それは、私がまだ8歳か9歳の頃の事。
その出来事の前後は思い出せないのだけれど、
テレビを父親と見ていたら、父親に
”100円やるから、ママについて行け”
と言われ、家から出て行った母親の後を追って
母親に追いついた私がいる。
”追いかけて行けって言われたの”と言うと、
”100円あげるから、家でお留守番していなさい”
と言われ、200円を手の中に入れて
それを眺めながら、ニタニタしながら、
ウキウキしながら、家に帰って行った私。
子供心に”やった!”と思ったことを思い出した。

いつもひもじかった私にとって大金である。
覚えてはいないが、きっと何を買おうか
やっぱり、貯金をしようかなどと考えながら
次ぎの日を楽しみにしていたに違いない。

ところが、次の日か、その次の日かは
覚えていないが、待っていたのは
死にかけている母の姿だった。

あの時、一緒について行けば、、、
お金をもらってデレデレして、
夢を膨らませ、事の重大さに気がつかず、
気軽に帰ってきた自分を責めた。

生まれてこなければ良かったと
自分を責め続けていた少女は、
未来と自分に対する恐怖に怯えた。

突如思い出したこの出来事で
私はどう思考を塗り替えたのか
次回書きますね。

(Cocoの日記より)






最終更新日  2008.10.01 14:43:28
2008.09.07
無収入の状態になって、それでも意外とへチャラな自分
と書いたけれど、それはわずかながらでも貯蓄があったからで、
まったく、貯蓄がなければ、
へチャラでいれたはずはなかったかもしれない。


人は、命をつなげなくなりそうな状態になれば、
心の余裕は少なくなるから。


子供の頃、我家にはどの家よりも早く、テレビが来て、
父は車に乗っていたけれど、生活は苦しかった。


父が、若い頃からびっくりするほど稼いだ事が
父の人生も、私達家族の人生も狂わせたのだろう。


母はいつも借金返しの為に働いていて
冷蔵庫の中はいつも空っぽだった。


小学生の遠足の時、数百円までのお菓子を
買って持ってきてもいいと言われても、
子供心にそんな贅沢はできないと思っていたし、
大人がご馳走してくれると言っても、
一番食べたいものではなく、
一番安い物を頼むという子供だった。
本当にそれでいいのか?と何度聞かれても、
それが大好きだからと答える子供だった。


何かをもらっても、嬉しいと言う気持ちよりも
申し訳ないと言う気持ちのほうが大きく、
要するに、大人の財布を常に気にする
かわいげのない子供だった。


それでも、お金さえあれば、幸せになれると考えた頃もあり、
中学生1年生の時、どんな大人になりたいかと聞かれ
100万円稼げる人になりたいと答え、
その時のママ母に現実的に物事を考えられない、
狂った子というレッテルを貼られた事もあった。


お金が人生を狂わせるという概念を持つように
なったのは、もっと大きくなってからだったが、
私は、その概念が、私がお金に対する罪悪感を
持つようになった理由だとずーと思っていたのだった。


だからなのか、それとも幼少の頃、お金に苦労したせいか、
自分に使うことに関しては特に罪悪感を持っている。
この癖は未だに完全には抜けきっていないようだ。


一切の不満を感じず、人に差し出すためにはどうすればいいのか。
色々な支払いが来た時に、”ありがたい”という気持ちを持ちながら
支払えるようになるためには、どう感じればいいのか、
自分の欲しい物を手に入れるためには、どういう許可を自分に
与えればいいのか、どうすれば罪悪感を感じることなく
お金を手にする事ができるのか。


仕事をやめ、無収入になって、アメリカに来たばかりの頃、
自由時間が多すぎるくらいあったので、
しかも、一人でいる時間が長かったから、
そんな事を、よく考えた。


そして、心の奥底に仕舞い込んでいたのであろう
出来事をある日、思い出したのだった。


脳は、時には記憶を潜在意識奥深くしまい込み、
意識にのぼってこないようにしたり、
記憶を書き換えたりすることがある。


セレクティブメモリーといわれるものだ。


実際、私にはいくら思い出そうとしても
何も思い出せない思い出がいくつかあるけれど、
突然思い出したこの事に関しても、
おそらく、子供にとっては、強烈な出来事だったので、
意識の中から消し去っていたのだろう。

(Cocoの日記から)






最終更新日  2008.09.08 16:29:16
2008.09.02
私の事は、普段は日記で書いているので、
ここには、書かないことが多いのですが、
私が自分のトラウマに気がついた時の事が
誰かの役にたつかもと思い、
私の日記から、コピーして持って来ました。

*****

私は借金が大嫌いである。
でも、我家には大きな借金がある。

それは、私達の夢のロングステイハウスを建てるために作った借金。
まあ、借金なしで、家を建てられる人は世の中にわずかしか
いないだろうから、まあこの借金は仕方がないと思っているし、
老後資産を増やすための投資の為の借金だと割り切ることにしている。

返さなければいけないお金があれば、
返せるようにお金を稼がなければいけない。



聞いたり読んだりしたところによると、
お金を十分稼いだり、お金持ちになるためには
お金に対する罪悪感があっては、駄目だそうだ。


私は昔英会話教室を経営していたけれど、
始めた頃、あまりにも安すぎて、多くの人に
”安いから、、、”
”宗教団体か何か、裏があるのかと思った”とか
”うさんくさそうだと思った”
”不良外人がやっているのかと思った”
と言われた事がある。
働いていただいていたネイティブの先生達には
”お金をもらうことは悪いことではないから、
授業料を値上げしたらどうか”
と言われた事がある。
会社を経営している社長さん達には
”経営はボランテイァではない”
と教えていただいた経験がある。


確かに、経費を支払い残るお金は
4人家族が生活していける収入ではあったけれど、
裕福ではなく、子供達に寂しい思いをさせながらやっていたことや
膨大な仕事の量を考えれば、金銭的には、
あまりわりにあう仕事ではなかったと言える。


しかし、病気に気がつかないほど働いたのだから、
それににあう、やりがいはあったのだろうけれど。



生まれて初めて起業したのは、23歳前後だったと
記憶しているが、こちらは未熟だったせいと、
お金に対する罪悪感で見事に失敗した。

2度目、必要に迫られて起業した時は、
さすがに最初の起業での失敗が役に立ったけれど、
それでも、お金に対する罪悪感がなかったわけではないのは
こうして振り返って見ればわかる。


自分にお金に対する罪悪感があると気がついたのは
アメリカに来て、ありあまるほどの自由時間が出来てからだ。
まったく、無収入の状態になって、それでも意外と
へチャラな自分と向き合っていた時だった。







最終更新日  2008.09.08 16:26:35
2007.07.31
大変御無沙汰しています。
みんな元気にしていますか?

今私は癒しのロングステーハウスの最終段階で
公私共々本当に忙しく、なかなかPCの前に座る事も出来ません。
と言うわけで、8月もお休みします。

楽しみに覗きに来てくださっている方々
本当にごめんなさい。








最終更新日  2007.08.01 01:17:04
2006.12.24
この間書いた無料占いはページ一覧の方に載せますね。
今日は、日本はクリスマスイブなので、その事について
書きたいと思います。

クリスマスはもともとある宗教のお祝いでした。
宗教によっては、クリスマスをお祝いしない宗教もありますね。

”日本人は、クリスチャンでもないのに、
クリスマスを祝うのはおかしい。
商戦にのせられているだけだ!” 
と言う人もいますね。
そうゆう考えも理解出来ますが、
私個人としては、クリスマスが大好きです。(私は無宗教)

なんとなく、街が愛に包まれているのを感じて、
なんとなく、ウキウキするんです。

クリスマス時期になると、多くの人が誰かの事を考えて、
プレゼントを探します。

それがいけないと宗教家の方に
お叱りを受けるかもしれないけれど、
個人的にはそれでも、かまわないと思っています。


クリスマスは、誰かが誰かの事を考えて愛を送る日だと私には思えるんです。


”いやいや義理で送っているんだよと、いつも頭が痛い”
と言う人がいてもちっともおかしくないですね。
みんな何でも持っているし、年々プレゼント代は
高価なものになって行くし、喜んでもらえるかわからないし
と考え出せば、本当に頭も痛くなりますよね。

そうゆう時は、思い出を一緒に作るプレゼント
なんていうのもいいかもしれないですね。
形があるものだけがプレゼントではないのだし、
やがてこの世を去る時に持っていける物は
思い出だけなんですもの。

プレゼントを贈る相手がいる。
プレゼントを贈ってくれる人がいる。
これだけで、あなたは地球に生きる
多くの人より幸せなんです。

プレゼントを送る時、本当の愛から出た、思いは相手に届きます。
そこに下心があったら、相手にも下心がない限り、
思いが届くことはないようです。

"プレゼントを送ったのに!”と
もしも相手への不満が出るなら、
それは愛からのプレゼントではありません。

****
私が生まれてからもらったクリスマスプレゼントで
未だに喜びを得られるプレゼントは、
クリスマス生まれの弟です。

出産予定日を20日以上過ぎて生まれてきた弟、子供の頃は
彼がクリスマスプレゼントなんて思わなかったですが
でも、クリスマスが来るたびに嫌でも思い出すわけです。(笑)

一時期、弟を自分の子供のように面倒を見ていたせいか、
彼が楽しく生きてくれているだけで、毎年プレゼントを
もらっている気分になります。
****

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励みになりますので宜しくお願いします。人気blogランキングへ







最終更新日  2006.12.24 08:49:13
2006.10.05
何処からか飛んできて、
今読んでくださっているあなた。
はじめまして、Mamaroseです。

アメリカに住んでます。
ジプシーと呼んでもらっていいくらい、引越し魔です。

人に、”びっくり玉手箱!”と言われる
波乱万丈の人生をどうも私は送ったらしいのです。
今振り返って考えれば、確かに普通ではなかったような、、
その時は、自分ではあまりわかってなかったんですね。

生きるのに必死で。

ところが、そんな人生のおかげで、色々経験させていただき
その上、普通の方なら生きているうちにあまり巡り会わないだろうと思われる方々の
お話も聞かせていただき、今の私が出来ました。    

みんなの心が軽くなって、悩みがなくなれば嬉しい。
少しでも、役立つ事を書いていきたいと思っています。

宜しくお願いします。






最終更新日  2006.10.05 16:36:43

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