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カテゴリ:歴史散策~平氏と源平合戦~
”平家ゆかりの地めぐり”の第11回目。 今回は、前回の能福寺 「 第10回 能福寺 その1」この続き 平相國廟です。 その前に、、、 相國とは、漢代に於ける廷臣の最高職でしたが、清盛が入道相国と呼ばれていました。 廟とは、祖先の霊や、身分や地位の高い人の霊を祭る建物です。 では、見ていきまーす 説明 平家滅亡後、こちらの能福寺は、ことごとく壊されたようですが、1286年に北条氏の手によって再建されたようです。 もう少し、細かい歴史が書いてあります。 道路にも、大きく看板が 横には、 ここが福原京やってんで とのアピール♬ 清盛が人生をかけてした、福原京は約170日で夢と散るのです。。 清盛が成功させていたら、首都は神戸になってたいたのかもしれませんよ もう一回、別件で行きました 「能福寺 神戸事件編 瀧善三郎の碑 【江戸時代 幕末】」
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最終更新日
2019.11.25 14:40:17
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