さて、昨日の日記の続きです。
この『氷点』ですが、何だかなぁ、というシーンとか心情が、わたしには多かった。
この後陽子は遺書を書き、雪の積もった河原で服薬自殺。
「許してください……! 私の罪を……。罪は、陽子の中にあったのです……」
まず、この陽子の言葉が理解できない。
あそこは、わたしに言わせれば、
「あなたの父親の犯した罪で、あなたのしたことではないですから!」
みたいな。(;^_^A アセアセ
この子自身が、過去に人を殺したんなら分かりますが。
犯罪者と血が繋がっているだけでそうなるのって、考えがすごく、閉鎖的だよね!(`へ´)
まあ、現代でもどうだろうか?
もしそんな感じなら……、と、自分に問いかけてみるが、難しすぎる。
しかし結局、兄に助けられ、その後、陽子は本当は、犯人の子ではないことが発覚。
(これも普通ありえない)
その後は、夏枝は反省・改心。
ありえないぐらいに陽子に優しくなって、その後本当の犯人の娘が現れても、その子には優しくします。
……陽子って、やられ損じゃない?凸(-_-メ)
わたしなら「ふざけんなっっ!!」と夏枝にキレると思う、絶対。
そして、陽子の本当の母親は、不倫をして、その間の子どもだったのですが、それで陽子は本当の母親に、強い憎しみを抱きます。
……それが普通ですよね。
わたしなら一生許しませんよ。
わたしの場合は、相手が謝るまでは絶対に許すことはないでしょう。
なんというか、この話は、こんな感じなんです。
「わたしが悪いのよ! わたしを責めていいのよ。全てわたしが悪いの」
「いいえ、わたしの方が悪いのよ!!」
どの登場人物も、傷の舐めあいって感じで、思わず
「うるさいわ!!(#゚Д゚)凸」
と、怒鳴りたくなりました。
そんなこと言い合っても、問題は解決しないでしょ。
もっと客観的に見れないのかな。
と、かなり不満ありでした。( _ _ )..........o
わたし、自分を実際より下げるのって、大ッキライなんだよね。
日本の「謙譲文化」が、どうしても理解できないのだ。(;^_^A アセアセ
わたしってアメリカ人的!?
だって、「ありがとう」というのを「すみません」というような人も、理解できないし……。
※余談ですが、他にどうしても理解できないものに「印鑑」があります。
これは今度、お話します。
最後は40年後、平成18年の夏、陽子が年を取ります。
アレから義足になってしまった北原と結婚(多分)し、本当の母親が他界した際の、へその緒を受け取り、河原で涙するという話でした。
わたしなんかは気が強くて、相手が確実に悪い場合は、絶対にコチラが折れることはしないですが、下記の言葉はなかなか良かった気がします。
でも「人が生まれながらに罪を背負っている」というのは、全く理解できないなぁ~。
つまり、キリスト教の「原罪」というのがわたしの世界観ではないのでした。(~_~;)
「人は生まれながらにして罪を背負っている。
恨み、憎しみ、罵り合い、傷つけ合い……。
それでもかかわりあっているから生きていける。
辛くても傷つけあっても……許しあっていかなければ生きてはいけない……」