2014/02/04(火)08:25
遥かなる道 その1
1月の最後の日曜日。男は走りに出かけた。その日が「勝田マラソン」、「寅さん詣り」、「館山若潮マラソン」の日であることを男は知っていた。男は今年、用心して冬のレースには出ないことを決めていた。だが、大勢の走友が走るこの日に、何とか自分も走りたいと思っていたのだ。比較的暖かかったこの日、男は半袖シャツを着、ポシェットにデジカメを入れて出かけた。
男の耳は何年も前から聞こえにくい。「地鶏を食べる」を「千鳥を食べる」と聞き間違えるくらいだ。男の目は何年も前から物が二重に見える。だがお金を数えても、決して倍にはならない。男の足はスポーツ医から走るのを止められている。アーチが落ちて変形してるのだ。だが男は特別製の医療用インソールをシューズに入れ、ドクターストップを無視して走っている。
男の心臓は時々誤作動を起こす。不整脈の手術を2度受け、今も薬を服用中だ。だが「不整脈が直接の原因で死ぬことはない」との主治医の言葉をひたすら信じ、心肺機能は心配ないとうそぶいている男だ。去年男は3度、走るのを諦めた。レースの際に体調が急変したのが2度。楽天の応援でジェット風船が膨らまなかったのが2度。下り坂で転んだのが1度。そして死にかけたのが1度。特に夏の猛暑が堪(こた)えたようだ。
男の傍を青年が颯爽と駆け抜けて行く。だが男はその後を追おうともしない。いや、あまりにもスピードが遅くて、とても追いつかないのだ。それに、男の敵は他のランナーではなく、目には見えないもの。男が戦っているのは「老化」と言う未知の領域なのだ。そして男が走り出してから今年の元旦で、35年目に入った。
男は3月末で満70歳になる。もう洟垂れ小僧でも青年でも壮年でもなく、堂々たる老年。だから春以降のレースは、全て70歳としての出場だ。古稀と言う年齢まで走れることに、案外満足している男。これまでに走った距離は地球2周分を超えた。だが、老化は容赦ない。一旦走るのを止めれば、直ぐに筋力が落ちてしまう。だから男は故障し易い冬を用心し始めたのだ。
男の出場予定レースは去年より少ない。前泊するレースの数を妻に制限されたこともあるが、それは男自身の決断でもあった。レースの最長は多分50km止まり。100kmの時間内完走は厳しいと判断したのだろう。だが隣県への「峠越えラン」と、「津波被災地訪問ラン」を今年は何とか復活させたいと男は願っている。そして、今はそのための練習と、男は自分に言い聞かせている。
だがデジカメを持ったのが良くなかったのか、この日はあまり良い練習にならなかったようだ。しょっちゅう立ち止まって写真を撮ったためだ。空、樹、川、家、道、寺や道端の石仏など、目の前に見えるものを、男は鼻水を垂らしながら片っぱしから撮り続けた。この日男が撮った写真は140枚ほど。今もそれを、せっせとブログに載せている男だ。
<男の1月の足痕> 11回55km 16回194km(1回の平均12.1km) 月間合計249km 運動しなかった日4日 これまでの累計83930km <続く>