マックス爺のエッセイ風日記

2015/10/29(木)05:45

仙台市電保存館を訪ねて(3)

写真(471)

 かなり前に紹介した「仙台市電保存館」の写真がまだ残っていましたので、紹介することにします。仙台市の路面電車は大正15年(1926年)に開通し、交通渋滞のため昭和51年(1976念)に廃止されました。約50年間に亘って市民の足となり、市民に愛された市電は、現在地下鉄の車両基地の中に設けられた保存館の中で保存され、余生を過ごしています。ここは無料で入れ、当時のことを知らない子供達などで賑わっています。    大正15年(1926年)の開通当時に走った電車の写真です。                                  開通当時の乗車券です。    かなり古い時代の回数券です。                     昭和3年から昭和24年にかけて使用された路線乗り換え券です。    各種の記念乗車券です。               「芭蕉の辻」を走る市電。南町通りから現在の国分町まで短い支線が通っていました。     雪の仙台駅前です。戦前の写真で私も記憶のない風景です。                 仙台市制100周年記念事業で、開通当時の車両をトレーラーに積んで、市内を巡行しています。      雪の日の市電です。交通局の職員が必死で雪かきしています。                                南町通りと旧東五番丁通りの交差点を走る市電です。    上記の交差点にあった市電専用の信号所です。私にはとても懐かしい風景かも。                              市電の側面。私はこの色の電車に乗った記憶はありません。    斜め前から見た市電の雄姿。実際に中に入って乗ることが出来ます。                               電車の正面を撮って見ました。    昭和51年(1976年)に廃止時のお別れ運転の電車です。                 長崎市に譲られた市電です。私が知ってる電車はこの色でした。長崎市の電車も全く同じ緑色で驚きました。後に長崎市から返還され、現在は秋保温泉の入口で保存・展示されています。    在りし日の「秋保電鉄」です。この電車は大正3年(1914年)から昭和34年(1959年)まで、市内長町と秋保温泉の間を走っていました。当時は切り出した「秋保石」を運ぶための路線で、馬が引っ張っていたそうです。          同じく秋保電鉄の車両です。私も1度だけ小学校の遠足の時に乗ったことがありました。仙台市電は戦前にこの秋保電鉄を買収し、笹谷峠を越えて山形県の神町までの路線延長を企図したのですが、戦火が拡大したため止むなく断念した歴史があった由。私が知らなかった逸話でした。      昭和33年(1958年)当時の仙台市営バスです。どうやらボンネットバスみたいですね。市電が廃止された後の市内は、バスと地下鉄が市民の足になっています。間もなく地下鉄の東西線も開通し、益々便利になることでしょう。            仙台市電が走っていた路線図です。徐々に路線が拡大されて、最終的にはこのような路線になりました。私にとっても懐かしい思い出で、路線の全てと走る電車の姿が今でも目に浮かんで来ます。

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