カテゴリ:独断と偏見に満ちた映画評
日本の推理小説界の巨匠・松本清張の作品は、短編、長編ともに数多く映画化されておりますが、
その中でも最もモイラの背筋を震え上がらせ、また涙腺をゆるゆるにしたのは、この「鬼畜」('78年松竹)です。 小さな印刷屋の主人・宗吉(緒形拳)は、働き者の妻・お梅(岩下志麻)がいながら、 菊代(小川真由美)という愛人を囲い、子どもを3人も生ませていた。 ところが、印刷工場が火事になり、宗吉からの送金が途絶えたことで、逼迫した菊代が3人の子を連れて、宗吉夫婦のところへ駆け込む。 夫に愛人がいて、自分にはいない子どもまで3人もいたことに愕然となり、嫉妬に狂うお梅。 開き直る菊代。怯える幼い子どもたち。 その間で、ただおろおろするだけの宗吉。 ドロドロの修羅場が繰り広げられたあげく、業をにやした菊代は、3人の子どもを宗吉夫婦のもとに置いて去ってしまう。 嫉妬の鬼となったお梅は、置き去りにされた子どもたちを、ことあるごとにいじめ抜き、激しく折檻し、 ついに宗吉に、子どもたちの「始末」をそそのかす‥‥! 原作は、静岡県で実際に起こった事件をもとに書かれた小説。 清張氏は事実をもとにたくさんの小説を書いていますが、小説「鬼畜」も短編ながら、読んでいて背筋が凍りましたね。 監督は、清張ものではおなじみの名匠野村芳太郎。 シナリオは、やはり清張原作のトレイン・ミステリーのはしりのような傑作映画「点と線」の井手雅人。 シナリオの大筋は原作とほぼ同じですが、映画を観ていて思わず唸るのは、 妻のお梅のすさまじい鬼畜ぶりと、その鬼畜妻への負い目からか、妻の気迫に負けてか、唯々諾々と妻に従い、わが子の「始末」に手をかける宗吉のだらしなさを とてつもないリアリティをこめて、描いている点です! 人間の嫉妬、情念、弱さ、どうしようもなさ、哀しさが、これほどてんこ盛りの映画も珍しい! 恐妻家のくせに、ちょっと羽振りがよくなると外に愛人を作り、 修羅場となると何もできない、優柔不断で気弱な印刷屋の主人を演じた緒形拳が、 素晴らしかったですね‥‥さすがは名優です。 でも、もっとすごかったのは、嫉妬のあまり鬼畜となるお梅を演じた岩下志麻! 岩下志麻といえば、若い頃は清純派の代名詞、 少し年を重ねたら、ほのかな色気を感じる美しい人妻役がお似合いの女優さんだと思ってたのに、 その彼女が、こんな恐ろしいおばさんを演じるなんて! しかもその鬼畜おばさん役がまた、上手なんだもん‥‥ モイラほんとに、びっくりしましたよ。「へえ~、こんな悪役もできる人なんだ‥‥」って、つくづく感心しましたね。 子どもをいじめ抜く岩下サンも怖かったけど、 下の子が未必の故意のような形で「始末」された直後、「あ~あああああ~~~~!!」と、獣のような声をあげながら、緒形拳さんを激しく求める彼女の怖いこと! 子どもたち‥‥特に上の男の子には、泣けましたね。 父親が自分に手をかけようとしているのを敏感に察し、 それでもなお父親を信じ、愛し、むしろいたわろうとするけなげな姿‥‥! 大人の欲望やエゴ、身勝手に翻弄され、葬られる子どもたちは、可哀想すぎて‥‥言葉もありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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