山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

2021/11/23(火)16:18

甲陽軍鑑 品第二 九十九ケ条の事(50~)

甲斐武田資料室(258)

甲陽軍鑑 品第二 九十九ケ条の事(50~)  五十、敵陣において不意を撃つときは、正面の道路をかけて別の間道から攻めること。●古語にいう、昼は桟道を修理して、そこを渡ると思わせ、夜になると別の嶮道を渡る。 五十一、大方のことは、人に尋ねられても知らないふりをするのが無難というものか。●古語にいう、たとえよい事であっても、あれば煩わしいからむしろ何もないのが平穏でよい。 五十二、家来があやまって離反した場合でも、処分をうけたのち反省したなら、事情に応じて許し再び家来とすること。●古語にいう、決意あらたに進む者にはその意気をかい、過去をとがめない。 五十三、父が道理をさとらないため処罰されても、父親の処罰と別に、子が忠功に秀でていれば、子供には怒りの念を抱かないこと。●『論語』にいう、まだら毛の牛の子でも、赤毛で角の形がよければ、祭の生贄に用いまいとしても、山川の神々が捨てておかない。 五十四、軍勢を扱う場合、和敵(争わない敵)か、破敵(破るべき敵)か、隨敵(従う敵)か、の分別肝要のこと。●『三略』にいう、敵によって戦略を変える。 五十五、毎事にも争うことは、敢えてしてはいけない。●『論語』にいう、君子は人と得失を争い、勝負を競うことを決してしないが、もしするとすれば、まず弓の競射であろうか。 五十六、善悪をよく正すべきこと。●『三略』にいう、善を廃すれば則ち衆の善意衰う。一悪を賞すれば則ち衆は悪に帰す。 五十七、食物到来の時は、眼前に仕える諸具に少しずつ配分すべきこと。●『三略』にいう、昔、良将は、兵を用いるのに、濁酒を贈る者があると、曲水の宴のように、諸兵と同じように飲んで心を一つにした。 五十八、常に功をたてるよう努めなくては、立身は為しがたいこと。『老子』に千里の行も一歩より始まる、という言葉がある。 五十九、貴人に対しては、たとえ自分に一理あっても□応えせず忍耐すること。●『孔子家語』(孔子の言を集録。十巻)にいう、口数が多いと無用なことを言ったり、言いそこないをしたりするから、窮地におちいる結果になる場合が多い。 六十、過を争って目論してはいけない。過失以後の嗜みが肝要のこと。●『論語』にいう、過ちを犯したら、それを潔く改めるべきだ。過ちを犯してそれを改めないのが、ほんとうの過ちというものだ。 六十一、深く思い立つことがあっても、そうせざるを得ない意見は受け入れること。●『論語』にいう、約束して言った事が、道理にあっている場合は、言った通り実践すべきだ。 六十二、貴賎ともに老若を侮ってはいけない。●古語にいう、老を敬するに父母の如くす。 六十三、出動の時は食物を夜中に服し、陣屋から出るとすぐ敵に合うつもりで出立し、帰り着くまで、少しも油断してはいけない。●云く、無為を城となし油断を敵となす、という言葉がある。 六十四、行儀の悪い人に近づかないこと。●『史記』にいう、その人を知らないなら、その友を視よ。●またいう、人はただ賢に馴れ、賤しいことに触れないようにしろ。花中の鶯舌は華やかではないが香しい。(周囲の環境がよくなれば、それに自然に染まってよくなる) 六十五、あまりに人を疑ってはいけない。●『三略』にいう、大軍の禍いは、同志が疑い怪しむことだ。 六十六、人の過を、批判すべからざること。●語に云う、好事は他に与えよ。 六十七、嫉妬の咎、堅く申しつくべきこと。●云く、堅(甲)を緩めるは、賊を招く媒(なかだち)、顔に粉を塗る厚化粧は色欲を招く媒なり。 六十八、佞人の心(邪悪で口先上手)を持つべきでない。●『軍議』にいう、佞人が上にいれば皆訴えて混乱する。 六十九、お召の時すこしも遅参してはいけないこと。●『論語』にいう、上司に呼ばれた場合は乗り物をまたず、すぐに行くこと。 七十、武略そのほか隠密のことを他言してはいけない。●『易経』にいう、機密が保でなければ則ち害と或る。●『史記』にいう、事は秘密をもって成功し、泄(もら)すことによって失敗する。 七十一、夫凡(凡人・普通の人)に情をかけるべきこと。●『尚書』にいう、徳はこれ善政、善政は民を養うにあり。 七十二、仏神を信ずべきこと。仏心に叶えば則ち時々力を添える。邪心をもって人に勝ったとしても加護が露(あらわ)れずして亡びる。●伝にいう、神は礼や理にはずれた物事はうけっけない。 七十三、味方が敗軍となれば、ひとしお活躍すべきこと。●『穀梁伝 こくりょうでん』(『春秋穀梁伝』の賂。中国の経書十一巻)にいう、万全であればむやみに戦うまでもないが、かりに戦っても積極的に全力で戦う方が死をまぬかれる。 七十四、酔狂の族に取り合うべきでない。●『漢書』(前漢の歴史書。班固の撰。百二十巻)の例に、丙吉という者が、前漢時代宰相の秘書の地位についた。その時酔っぱらいが車を叩いたが問題にしなかったという。 七十五、他人に対し聶賀、偏頗(えこひいき不公平)すべきでないこと。●『孝経』(経書)にいう、天地は特定のもののために運行を乱さない。賢明な人物はある人をかばうために法を曲げたりはしない。 七十六、利剣(鋭利な剣)を用い、いささかも鈍刀を帯してはいけない。●鈍刀は骨を截らずという言葉がある。 七十七、宿そのほか歩行の時、前後左右に心をはらい、油断してはいけないこと。●『臣軌 こはん』(唐・則天北后撰。人臣の軌法とすべき道を述べた書。二巻)にいう、事を慎まざれば敗れをとる道なり。 七十八、人の命をとること、ゆめゆめこれあってはならない。●『三略』にいう、国を治め家を安ずるけ人を得ればなり。国を亡くし家を破るは人を失すればなり。人材を得ることこそ大切である。 七十九、隠居の時、その子の力をかりてはいけない。●『碧微禄』にいう、天台山中に生ずる木即標(そくりつ)の杖を使わず、深山に身を隠す。また善悪をもちだして自分を識別する事はやめてほしい。そういう俗世の批評ごとなどかかわりないことだ。 八十、鵜飼、鷹狩、遊山は度をすごしてはならない。奉公を怠る原因となる。●語にいう、一日中、俗塵を駆けめぐって楽しみを追い、 自家の珍宝、真の自分を見失う。 八十一、見物の時、自他を忘れ、油断してはいけない。●語にいう、目方を計るときすぐにその軽重をみてとれ。はかりの目盛りの起点にある星印などあてにするな。●(『碧微禄』に再三引用されている) 八十二、下人に対し、寒熱風雨の時、憐潤の情をかけること。●『論語』にいう、民を公役に使う場合は、農耕そのほか仕事にさしつかえない時期をえらぶ。 八十三、千人で敵に正面から向かうより、百人で横から攻めた方が有効である。●古語にいう、千人が門を破るより、一人が閂(かんぬき)をはずす方が効果的だ。 八十四、白分から戦いの模様などを、雑談すべきでないこと。物言えば、説明を誤る。●また古語にいう、初めはほんのわずかの違いでも、終わりは天地の開きとなる。 八十五、兵法で有利な戦法や秘術等を少々知らなくとも、如っているようすをしていた方がよい場合も多い。●古語にいう、話で聞いていたときは鼎(かなえ)の重さはどの大人物といわれていても、会ってみると一本の毛のように軽い人物であったりする。 八十六、下々の批判はよくよく聞き届け、たとえ如何に腹が立っても堪忍し、ひそかに工夫すべきこと。●刁刀(ちょうとう)魯魚の文字はともに字画が似ていて誤り混乱しやすいが、工夫して冷静に区別すること。 八十七、御帰陣のとき、片時も御先へ帰ってはいけない。●古語にいう、最初の時のように最後をきちんと慎重にすること。 八十八、総じて如何に御懇切であっても、相手の内輪のこと、裏面にまで立入らない。●語にいう、朱に近づけば赤く、墨に近づけば黒くなる。 八十九、人前に於いて、食物ならびに物の売買の雑談はすべきでない。●金属の質は火で熱してみればわかり、人は言動によって本性が知れる、という。 九十、たとい知人たりといえども、重要な事を頼むのは慎重にする。●古語にいう、一盃の酒を貪って飲み、満船の坦を失なう。 九十一、徒党を組んではいけないこと。●『論語』にいう、君子は公平に広く人と親しむが、小人はかたよった小さな党派をつくるものである。 九十二、たとえ真実の交りをなす友といえども、婬乱雑談すべきでない。もし人が話し懸ければ、人目に立たないようにその座を立つべきこと。●語にいう、自から深慮し、他人と一つ口にならない。 九十三、人前に於て、みだりに他人を非難し背語すべきでない。●『戦国策』(中国春秋時代の国策を述べた書、三十三巻)にいう、その善を賞すべし。その悪を語るべからず。 九十四、筆跡、嗜むべきこと。中国古代の三王朝にせよ、三代の家の事跡にせよ、立派な筆墨によって伝えられている、という。 九十五、負債は、一部は自分の労役で、一部は知行ですべきで、両方知行で果たそうとすると必ず無理がくる。善く行く者は一度に両足をあげて歩きはしない。春の光は平等にさすが、咲く花には自から長短の差がある、というものだ。 九十六、たとえ相手が多勢といえども、備え薄ければ撃つべし。また守兵すくなしといえども備え厚き場合は思慮すべきこと。●兵書『孫子』にいう、堂々たる陣を伐つなかれ。正々たる旗を遮ぎるなかれ。これを伐つことは卒然という名の蛇のようなものだ。卒然は常山(中国の山の名)の蛇で、首を伐れば則ち尾が、尾伐れば則ち首が助けにくる。先陣と後陣、左翼と右翼が互いに攻撃や防御に協力し、敵勢に乗ずるすきを与えない。 九十七、正式な儀式をのぞいては、異様、異体の姿をもって起居勣静すべきでない。●『論語』にいう、君子は威厳がなくては人を服せしめることはできない。 九十八、すべての事柄にわたって油断すべきでないこと。●『論語』にいう、我江口に我が身を三省す。●つけたり。たとえ夫婦一所に在りといえども、いささかも刀を忘れてはいけない。人を殺す刀、人を活かす剣という言葉のように、心をゆるし油断しないこと。   また風呂に於て顔ならびに両手の垢を、人に取らすべきでないこと。   そのような心おごる態度をとらないこと。 九十九、毎事につけても、怠るべきでないこと。●『孟子』にいう、役々として倦まず一心に努力する人物こそ、舜(中国では偉大な聖人君子とされている)にふさわしい。   以上九十九ケ条。    いたずらに多言して他人の耳には喧しくひびいたであろう。これはむしろ往生の書(遺書)ともいうべきものである。  二と五をかけて十、二と五を加えて七、この六つの文字には信玄家の秘書口伝がある。 永禄元年戊午(一五五八)武田左馬助(信玄の弟。永禄四年川中島合戦で戦死)信繁                      在判  卯月吉日 長老へ。(信繁の信豊)  〈注〉全文が漢文で、表題および跋にあるように武田信繁が、その子信豊に与えた教訓というかたちになっている。典籍の引用は原典とずれている場合が多い。 

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