俳句歳時記 秋 あき 面白き穐の朝寝や亭玉ぶり 芭蕉(笈日記)ほか
俳句歳時記 秋 あき実さいの日常生活では、九、十、十一月の三ヵ月を秋とするのが一般的である。 日本の秋は、八月中句を過ぎると、夏の南高北低型の気圧配置はくずれ始め、日本を蔽覆っていた小笠原方面の高気圧は南東に後退し、寒冷な気団からなる高気圧が大陸に出来始める。そして梅雨季とは反対に、寒冷前線が南下し、目本を越えてに南に行く。この時期には海洋で生れた熱帯低気圧や台風が日本の方に移動して来て、しばしば強い風雨を起す。温帯低気汪や熱帯低気圧は、前述の前線帯に沿って北京に進み、梅雨と同じような天候、すなわち秋霖をもたらすことが多い。この前線帯は十月の中頃まで停滞し、それ以後は寒帯気団の勢刀増加につれて更に南方の洋上に押しやられ、台風も日本の南方から東方の海上を北東に進むようになる。台風のあとには、大陛から移動性高気圧がやってくるので、台風一過の秋晴れの上天気となる。 移動性高気圧の通過も頻繁になり、十月下旬には快晴日数も急激に多くなる。すなわち、移動性高気圧の圈内に入ると、下降気流のために地上付近には乾燥した空気が満ち、空は紺碧に気澄み、さわやかな秋晴れとなる。しかし、高・低気圧の往米に従って、天気がよくなったり、悪くなったりするので、天気は長持ちせず、いわゆる変りやすい秋の空となり勝ちである。 東北地方の北部や北海道の目本海側の地方では、秋の帰還は短く、十月下句から早くも冬の様相を呈する。十一月中頃には、時には西高東低の冬型の気仕配置となって、冷たい季節風が吹き、山地には霜が降りるようになる。 秋はただ法師姿の夕べかな 宗因(筑紫海) 春は白馬秋は牛ひくこよひ哉 信徳(木玉集) 見に来たる人かしましや須磨の秋 言水(新撰都曲) 大和めぐりして 秋もはや宇田の炭竈煙りけり 鬼貫(高砂子) 八月十五夜 身ひとつを最中こえなバ素秋哉 鬼貫(七車) 旅懐此秋は何で年よる雲に鳥 芭蕉(笈日記) 車庸亭面白き穐の朝寝や亭玉ぶり 芭蕉(笈日記)なに喰て小家は秋の柳蔭 芭蕉(茶の草子)送られつ送りつ果ては木曽の秋 芭蕉(廣野)秋十とせ却て江戸を指故郷 蕉((甲子吟行) 閑居増恋秋ひとり琴柱はづれて寝ぬ夜かな 荷兮(春の日) 留別稲々とそよくはつらし門の秋 支考(東西夜話) 園木の宿にて小姫またら節 うたふをきゝて月かけに据を染めたよ浦の秋 去来(青莚) 老て神職かふかりたる人を 賀して花も実も晩稲に多し神の秋 去来(去来発句集)山鳩や松見てゐれは秋をなく 風国(初蝉) 旅泊に年をこして、芳野の花に心せん事を申す時は秋吉野をこめん旅のつと 露沾(句餞別) 故人に別る木曾路行ていざとしよらん秋ひとり 蕪村(五車反古)身の秋や今宵をしのぶ翌もあり 蕪村(蕪村句集)追剥を弟子に剃けり秋の旅 蕪村(夜半叟句集) 古人侈竹か長もふ去来去移竹移りぬいく秋ぞ 蕪村(句稿) 白川二所が関持半図左衛門にて能因にくさめさせたる秋はこゝ 大江丸(はいかい袋)砂の如き雲流れ行く朝の秋 正岡子規(春夏秋冬) 燈火漸可新猿蓑の秋の季あけて読む夜かな 正岡子規(寒山落木) 秋【時候】秋 目薬に涼しく秋を知る日かな 内藤鳴雪(新俳句) 高浜虚子げてものは嫌ひで飛騨の秋は好き (五百五十句)子の忌日妻の忌日も戈の秋 (五百五十句)歴史悲し問いては忘る老の秋 (五百五十句)山々の男振り見よ甲斐の秋 (五百五十句)けづるが如き山疊める如き雲の秋 (定本虚子全集) 九品仏金芭の秋上品の仏かな (定本虚子全集) 大野酒竹逝く秋重畳俳書万巻の士なりしが (定本虚子全集)菜しほつてやる道の子に蝦夷の秋 (定本虚子全集) 島村亭秋や昔この縁に斯くかけしこと (定本虚子全集)子規庵の秋は淋しや我も老いぬ (定本虚子全集) 虚子銅像除幕式真東に白はしめたる像の秋 (定本虚子全集) 王城追悼君と共に四十年の秋を見し (定本虚子全集)大広問秋を坐断しひとりをる (定本虚子全集) 秋の江に打ち込む杭の響きかな 夏目漱石(定本虚子全集) 旅に病んで人なつかしき夕かな 五百木瓢亭(新俳句)大根おろし妙義の秋に似たるかな 伊東極浦(新春夏秋冬)古畳つめたき秋の昼寝かな 坂本四方太(春夏秋冬)願ひ事なくて手古奈の秋淋し 長谷川かな女(改造文学全集)秋淋し糸を下ろせばすぐに釣れ 久保田万太郎(流遇抄)秋旅の寝返れば鳴る枕紙 富安風生(晩涼) 松山にて秋も松青し子規虚子ここに生れ 山口青邨(俳句研究)大寺や秋廓然と昼の秋 原田浜人(雑談撰集) 唐草の薄き蒲団や秋を病む 原石鼎(雑談撰集)向鎚は己が女房や鍛冶の秋 遠藤韮城(雑談撰集)続縁の芸の師と栖み尼の秋 上原白草居(現代俳句全集)秋の谷とうんと銃の沃谺かな 阿波野青哉(雑詠撰集)和が子病めば死は軽からず医師の秋 石島雉子郎(雑詠撰集)気さんじに三昧などひいて媼の秋 佐藤潔人(雑詠撰集)旅すれば一俳人や医師の秋 酒井黙然(第二回同人句集)庭の秋芭蕉王たり鵙たり 永田青嵐(雑詠撰集)先に行く人すぐ小さき野路の秋 星野立子(雑詠撰集)日かげれば忽ち雨や能登の秋 田中王城(雑詠撰集)夫婦してかこかんどりや水の秋 松藤夏山(雑詠撰集)十棹とはあらぬ渡舟や水の秋 松本たかし(雑詠撰集)秋の航一大紺円盤の中 中村草田男(長子)木賊の秋路めば地しめりひかり生か 大野林火(青木輪)槇の空秋押移りゐたりけり 石田波郷(風切)天懸けるみちに雲とぶ祖谷の秋 小山白楢(第二回同人句集)秋は泉に影落し過ぐひとりひとり 山口草堂(馬醉木)馬車駆りて高原の秋ほしいまゝ 小池森閑(ホトトギス)母も来て北京の秋の暮らしよき 八田一郎(ホトトギス)三宝に且け暮れすがり老の秋 永井賓水(現代俳句全集)住み馴れし高野の秋のまたゝく間 佐藤慈童(現代俳句全集)薮寺に小葬ひあり嵯峨の秋 佐々木紅春(現代俳句全集)寄手塚身方塚あり野路の秋 大瀬雁来紅(現代俳句全集)雲も秋の高原に生く潦(にわたずみ)能谷杜宇(雲母)人妻の位置おのが位置秋の壁 岸寿代(雲母)恋すてゝ妻にかへりし人の秋 宮野小提灯(夏草)田沢湖の秋やおとのふ人稀に 小谷斜陽(夏草)秋なげくローランサンの少女の画 清水よしみ(夏草)桑畑をけづりてたぎつ谿(タニ)の秋 宮下翆舟(若葉) 湖や秋旅あきうどが手を洗ひ 福島小蕾(狭田長田)細雨はや雫りはやむる秋の棕梠 野沢節子(未明音)喪の秋やのこりし人に電燈つく 細見綾子(雉子)神の鞭ある世の秋と知られけり 新城世憙燾(春燈) 黒き牛秋を視つめてゐたりけり 倉田素商(春塵)