テーマ:小説日記(233)
カテゴリ:小説
逃げなきゃ、逃げなきゃ。
捕まったら一巻の終わり。 身を隠して、目立たないで、絶対に。 檻に閉じ込められる前に、遠くへ逃げて。 どこへ? 荒涼と生暖かい風が吹き付ける大地を僕は必死で逃げていた。どこへ向かうべきかもわかるはずもないし、助けてくれる人は一人だっていないはずなのだから。 しかし、姿は丸見えだった。身を隠すところはほとんどない。仕方がない。陽に当たるとダメージを受けるようなドラキュラみたいにこそこそと進む。神経を尖らせて、進んでも、一向に事態はよくならなかった。そのとき、遠くから笛のような透き通った音が響いてきた。咄嗟に僕は事態悪化を悟った。 見つかった。 闇雲に走る。それが無駄な体力を使うこと、どっちにしろ、捕まってしまうことがわかっても僕は走る足をとめることができなかった。耳障りになった音がすぐ側に迫り、振り返る間もなく背中に鈍い痛みが走った。すぐにその痛みが体全体に広がり、筋肉の一時停止を呼びかける。脳だけが動け、逃げろという命令を下すが、それもやがて闇の淵に沈んでしまった。 気がつくといつもの天井だった。 僕は一旦目を閉じて、瞼の裏を熱くさせた。 嫌々ベッドから起きて、整った朝食を口にして、学生服に腕を通し、友達と喋り、予習をしてこいと先公に怒られる。テレビを見て笑って、週末には釣り行ったり、部活したりする。そうやって二十四時間が三百六十五回繰り返されて、一年となる。一年を何十回と積み重ねて、人間が作られる。 再び光を受け入れた瞼から涙が幾筋も流れた。身動きは取れない。体のあちこちを拘束具で縛られている。体を激しく動かして、何度繰り返したかしれない行動をする。 「出せ!開放しろ。もうこんなの沢山だ!死なせてくれ!」 厳重な扉が軽快な音を立てて開いた。向こうから、キラキラとビロードを垂らしたような奴らがやってくる。奴らの前と後ろに二つずつある、小さな穴からスピーカーのような音がした。 「show show」 「conditionモンダイなし」 「皆知る 皆見れる」 「news news」 「望ム」 「X333投与カンリョウ」 「心拍、ノウハ正常チ」 体に管やら、注射針やらが繋がれる。僕は必死に抵抗した。そのうち、疲労か薬か、もしくは両方で頭がどんより重くなり、意識がなくなった。 意識が戻ってみるとやけに体が軽かった。今まで縛ってあった手や足の重さがない。よかった。開放されたんだ。かすむ視界で、自分の体を観察する。手で体重を支え、足に腰に腹に力を込めて、やっと立ち上がる。心臓が血液を全身にめぐらせ、脳を活性化させる。鼻が空気を吸い込み、耳が音を情報を収集し、目が周囲の状況を網膜に伝える。 愕然とした。 網膜に映し出された情景はなんとも信じがたいものだった。足元の地面から見上げるほど高く設置された客席一面にビロードの物体が体を左右に振り蠢いていた。それはするどい毒をもったクラゲに似ていた。用途がわからない穴が確実に自分を観察していることに気づく。 ここは舞台だ。主役はこの僕だ。 「Only human NINNGENN ゼツメツ危惧シュ」 ふらふらと僕は舞台の端に逃げた。しかし、足で一歩踏みしめるたびに、それが驚きであるかのようにどよめきが観客席を満たした。 僕の涙がぱたりぱたりと床に落ちると、ビロードが近づいてきて涙の雫をシャーレ状のものに取った。それを高々と掲げて見せ穴から音を発する。 「happy meaning SIAWASE」 観客は歓声とともとれるような反応を示した。 僕は床に力なく座り込み、十本の指を見つめた。どうしても指の間からビロードが見え隠れするのを留めることができなかった。 了 ++++++++++++ 一時間で突発的に書いちゃいました。ごめんなさい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年05月29日 00時15分39秒
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