経営者・コンサルタント・作家にオススメ!『おおきく振りかぶって』
ジャンボ!(スワヒリ語) 船沢です。m(_ _)m 今回は経営者や組織のリーダーにも、ぜひオススメしたい「萬画」をひとつ。 ネオ・スポ根の新しい形『おおきく振りかぶって』 今回取り上げるのは、「アフタヌーン」(講談社)で好評連載中の、ひぐちアサ原作による野球萬画『おおきく振りかぶって』(略称「おお振り」)。【重版予約】 おおきく振りかぶって 1~7巻セット 楽天オリジナル特典付き これがただの野球ものとはわけが違う。いまやその人気が高じ、4月からTBS/MBS系列でアニメ化もされています。◆あらすじ かつて存在した軟式野球部を復活させ、埼玉県立西浦高校に新設された硬式野球部。そこに集まったのはたった10名、しかも全員が今年入学したばかりの1年生。 そこでエースピッチャーを張ることになった、実力はあるのにものすごくヘタレた少年・三橋廉と、その才能を見抜き真のエースにしようとするID捕手・阿部隆也。これら実力ぞろい(?)の個性的な面々をまとめる巨乳(!!)女性監督・百枝まりあ(通称モモカン)。 おたがいに成長していく部員たちと共に、阿部は三橋の心に救う根深いトラウマを解決しようと尽力し、三橋もまた気弱で卑屈な自分から抜け出そうとしていく……。 それぞれが数多くの問題を抱えながらも、彼らは甲子園を目指すのだった。◆まったく新しい「スポーツメンタル」という切り口 本作がこれまでの野球マンガと一線を画している点は、精神論や技術ではなく、「スポーツ心理学」という観点から、ライバル校のそれをも含めた選手たちの「メンタル面」を描いたことに尽きます。 各選手のバックボーンに起因する性格描写や葛藤、それらが生み出す息詰まる心理戦。 主人公・三橋のヘタレ化の原因となった、みずからの境遇、それによる中学時代のチームメイトの不信。 部員たちを本気で甲子園に行かせるべく、モモカンと顧問の志賀先生が繰り出してくる数々のトレーニングメニュー。 ことに注目に値するのは、志賀先生が唐突に提案する、セミナー仕込みのメンタルトレーニングの数々でしょう(ただし話の振り方がおかしいのか、部員たちは毎度、面食らっています)。 中でも最初の合宿で、先生が右脳の働きを理解させるためにフォトリーディング®(作中では単に「速読術」と呼称)について取り上げたシーンを見たときには、私は「この作者、間違いなくやってるな」と思ったものです。 また、登場人物のダイアログ(会話)――特にモモカンが部員たちにアドバイスを行う各場面、あるいは阿部が三橋の過去に触れようとするシーン――において、心理学やコーチングのメソッドを応用した(と思われる)やり取りが用いられていることも見逃せません。 こうした一連の心理描写から、作品の舞台や世界観に至るまで、すべてが忠実かつリアルに作りこまれているのが、本作の大きな魅力といえます(ちなみに舞台となる高校は作者の母校がモデルになっています)。 この面白さを裏付けるかのように、本作は2006年に第10回手塚治虫文化賞新生賞を、2007年には第31回講談社漫画賞一般部門を受賞しています。◆人を描くには、まず「人を知る」こと それもそのはずで、作者のひぐちアサ先生は、法政大学にてスポーツ心理学を学んだという、クリエイターとしては異色の経歴を持っています。 在学中より体得した心理学やコーチング理論などを、キャラクターの描写やダイアログに織り込むという独特の作劇術によって、彼女はそれまでの根性論や技術向上を謳ったスポーツマンガとは異なる、新しい境地を開拓したのです。 何よりそのメソッドがもたらす最大の利点は、「読者はほぼ必ず、登場人物の誰かに感情移入できる」ところにあります。 登場人物の性格や心理、行動原理などを、その基盤から逆算して作りこんでいるので、彼らはみな、とても生き生きとリアルに描かれているのです。たとえ端役でも「こいつは俺に似ている」……そう思わせるキャラクターがいても、なんら不思議ではありません。 またそのことによって多くの葛藤が生じ、実に深みのあるドラマ(劇)がつくり出されています。 ドラマとはダイアログの積み重ねであり、同時にそれは制約と葛藤の中からしか生まれないので、登場人物たちの葛藤や断絶が大きくなるほど、物語のドラマが転がりやすい(=先の読めない、面白い展開になる)ということがいえます。感性や画力・文章力だけではクリエイターになれない ところで登場人物の作り込みは、クリエイターなら誰もがやっていることでしょう。 しかしながら、そのための体系的・実践的な理論を知っているのとそうでないのとでは、人物像や世界観のリアルさに雲泥の差が生じます。 たとえ実体験が豊富でも、その再現性が著しく異なるのです。 もっともわかりやすい例でいくと、たとえば「身内が死んだとき」。 ステレオタイプな場面描写では、こんな感じでしょうか。「心電計が止まると共に、パタリと落ちる患者の手」「すがり付いて泣き崩れる親族」「親族や友人に報告の電話をするが、絶句してそれ以上声にならない」 ……あー、これってよくドラマで見かけますねぇ。こうした作劇上の“落としどころ”によって、観客の涙を誘おうってわけです。 でも、じつはここからすでに、物語などでは決して描かれることのない「真実の瞬間」があるのです。 実際に当事者として立ち会ったことのある人ならおわかりになるかと思いますが、実際には必ずしもあんなふうにはなりません。 とても繊細な人だったり、不慮の事故などで「突然に死なれた」などの状況だったらたぶんそうなるのでしょうが、多くの場合、むしろ逆にとても冷静になってしまいます(一方、極度のストレスで心拍は上昇し、血流や血圧も高まっています)。 「死」という非現実的な状況を自分の中で何とか受け止めようとするために、脳がフル回転を始めるのです。 まあちょっとしたプチパニック状態、すなわち「ブレインストーム」ですね(心の弱い人は、この時点で現実を消化しきれずに大パニックを起こし、廃人化します)。 ちなみに5年くらい前に私が見たよそ様の事例では、「目の前で夫が倒れ、そのまま逝ってしまった」ことを奥さんが家族に電話していたのですが、そのときの話しぶりは妙にテンションが高く、努めて平静さを保とうとするあまり、本人はむしろ嬉々として夫の最期を伝えていました。 その光景が傍目にはとても奇異に見え、またかえってそのことが「日常に潜む非日常」を浮き彫りにしていたのです。 こうした現実にもっとも近いシチュエーションを描いた萬画作品といったら、まず間違いなく『タッチ』(あだち充/小学館)を挙げることができましょう。 仄暗い病院の霊安室で、上杉達也が朝倉南に淡々と語りかけるあの名シーンを引き合いに出すまでもなく、同作は登場人物たちにとっての現実をある日突然打ち砕く“身近な者の「死」”を極めてリアルに描いたという点で、ある意味歴史に残る傑作といえます。◆人間の「しくみ」を知ると、“人間”がわかる どうしてこのようなことが起こるのかというと、人間はパニックに陥った場合、少しでも理想と現実のギャップを埋めて心の平安を取り戻そうとするべく、その問題を解決しようとする行動や、思ったこととは正反対の行動を取ってしまうという性質があります。 いわゆる「振り子の法則」と呼ばれているものです。 ちなみに神田昌典先生が提唱されている「感情マーケティング®」では、こうした心理的事象に着目し、顧客の潜在的な不安を取り除くことで企業との間に長期的・永続的な信頼関係を構築していきます。 一般に「お客を心理的に操作する」などといった誤解を招いていますが、実際はお客の心理状態の流れを「読み」、その悩みや不安の根本を探ることで、その人を何としても救いたいという“心からの希い”としてお客の悩みを解決に導く――というのが本質です。 このように、一見して複雑多面に見える人間の感情には、ある“スイッチ”を刺激することで特定の行動をとってしまうというメカニカルな一面があります。 心理学や神話学は、人間の心の機微や物語の展開、登場人物の役割などをパターン化し、体系化することで、より深いレベルでの理解と実践的活用に寄与しようという学問です。 その意味で両者は、古来より変わることのない普遍的な「人間のメカニズム」を学ぶ学問であるといえるでしょう。 これらを昨今のマーケッターやクリエイター、デザイナーがビジネス上の必須科目としているのも頷けます。 「人間が、機械的にコントロールできるはずがない」「人の性格や人間関係はもっと複雑なもので、パターン化できるとは思えない」 ……本当にそう思います? 現実もフィクションも、役者や舞台装置、セリフなどが異なるだけで、じつは同じ状況が何千年にもわたって繰り返されているのだとしたら……? さらにこれを逆手に取り、ビジネスや教育、日常生活での問題が解決できるとしたら……? これを使わない手はないですよね。⇒以前の記事『神話から学ぶ、パターン(お約束)を読む力』もあわせてどうぞ。 この調子でいくと、「おお振り」の作中にマインドマップ®が登場するのも時間の問題かと。 それにしても、いいすね、モモカン。 もう、お乳様に足を向けて寝られない!(笑) ではまた。 (^o^)/