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カテゴリ:韓国での生活と私の雑感
韓国人の日本食への文句について書きましたが
食事をごちそうしてもらいながら、 これは食べない(ミカンだっったかな?)、嫌い(ヌロンチタンっていうおこげ)、 と発言する韓国人がいて、 もう二度と食事に一緒に行かない!と思っています。 韓国って特に食事となると、誰か(年長者)がおごるっていう文化が今もあります。 私は同僚だと、割り勘!を主張するのですが、 上司だとおごってもらったりします。(その後、なにか差し入れをします) 私、今年の9月からピラティスを習ったのですが、 11月の終わりに食事会をすることになり・・・ 誰が払うの?と思ったら、年長のお姉さん(孫もいる方)が払うと。 それなのに、これは食べない、嫌いって、何様よ?! そこは私、日本人なんだなと自分でも思います。 あ~そうなんだ~って受け流すこともできるけど、 それにしても品がなさすぎますよね。 ちなみに母国の料理を褒められると嬉しくて その反対はムカつくっていう心理に対して 米原万里さんが書いています。 ナショナリズムとか愛国心とか名づけられる意識の傾向の原初にあるものは、人間誰しもが持っている自分自身の生まれ育った場所、環境に対する愛着である。幼い頃から慣れ親しんできた食べ物は、その人をその人自身たらしめている要素の一つ、その人の自我の一部となるものではないだろうか。だから、そよ者から、その食い物を褒めちぎられると、まるで自分の母親を褒められたかのように誇らしく、けなされるとひどく傷つく。 こんなにも異文化の食について的確に言語化して書いてあるものを読んだのはこれが最初で最後かもしれません。 合掌。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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