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誰の為に生きるのか?
テレビコマーシャルでしたか、「あなたは何故、仕事をするの?」と問いかける場面がありました。 理由は千差万別、夫々に理由が存在しますので一概には言えませんが仕事は作業とは違う一面を持っていますよね。 これは私の考えですから反論をされたい方、全く違う考えの方、頷いて戴ける方もおられる事と思います。 私は仕事は大きく言えば、自身の人間性の高め合いの場であるように思います。 それはお金を稼ぐためであったり時間消化だったり、技術の習得だったりはしますが。 自分の過去を振り返ってみて、仕事がない人生だったとしたらどうだったんでしょうか。 経済的な部分とかは別にしてですよ。 多分、そんな私であったとしたら、 極めて怠惰な 緊張感のかけらもない、 競争心も存在しない、 人への配慮もない、 社会とのつながりやその大切ささえも理解できない、 物の大切さを理解できない、 人とのコミュニケーションもできない、 経済の仕組みや物流への関心も無い、 ・ ・ そんな人間になっていたかもしれません。 今となっては仕事の有難味を噛み締めてます。 では、私は誰の為に生きてきたのでしょうか。 こんな事を聞きました。 「20・30代は自分の為に、30・50代は家族の為に、60・70代は他人や社会の為に」 幼少期は誰の為でもなく確実に自分の為だったと思います。 私の誕生や存在が親や周りの方々の生きがいでもあったとするならば、その人たちの為でもあったのでしょうが。自分の意識としては。 第2の成長期(反抗期)の頃もまさしく自分の為であったように思われます。 自分が成長することや勉学に一生懸命で周りへの配慮など無いに等しかったように思います。迷惑や心配を掛けることのほうが随分と多かったものです。 20代に入って前半で結婚やマイホームの建築、子どもの誕生。 目まぐるしく環境が動き始めました。その頃から自分の存在が自分のものではない、或いは自己犠牲ではありませんが人の為に生きる事の必要性と素晴らしさを感じ始めました。 30歳を向かえ、起業(29歳)をする事によって、自分の人としての器の小ささや知識、経験の無さに愕然とし多くの人々との関わりやつながりの大切さとそれを現実のものとするために、新たな行動が始まりました。 家族のお陰で社会とのつながりや教えてもらう事の多さに感動の日々だったものです。 企業経営を磐石のものにすべく、昼夜を違わず精を出したものです。 40代はある程度、社会や団体、組織などでも認知をされるようになり、様々な役職を戴きました。 これが又、新たな挑戦を生み自己研鑽、精進の機会となったことは否めません。人間として一番成長できた時代のように思います。 50代、ここまで来ると幾らか人間としての落ち着きや幾分かの達成感、やってきたという充実、家族に囲まれての幸福感、そんなものに満ち溢れてきたようにも思えます。 過去の人生が肯定できるようにもなりましたし、足跡のこと、これからの事が落ち着いて考えられるようにもなった気がします。 妻や母、子どもや孫を含めた家族、社員やお客様の為にも果たせる役割がまだ残っていそうでこれからの私の動きが彼らの幸不幸に重要な影響をもたらしそうです。 私のこれからは、当然私の為であっては駄目でしょう。 人に言わせると 「今まで汗水たらして、粉骨細心、脇目も振らずに頑張ってきたんだから、これからは自分の為に生きたら」とも言われます。 でも、最期は自分の為にあるような気は致しません。 家族の為であったり、会社の為であったり、社会、或いは今懸命に生きている方々の為に礎や先導役、時には諭す役割でもあるようにも思いますし、そしてお世話になった方々、とりわけ私をここまで導いて頂いた方々に幾許かのお返しをすることが私にとっての最良の生き方のようにも思われます。 生まれ落ちたときから、波乱万丈でした。 苦難の道は切り開く所が人よりも多く与えられたわけですから、それだけ幸せだったのかもしれませんね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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