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犬鳴山(いぬなきさん)は、ブナの美林が名高い和泉葛木山の南西に位置し、修験道を護る七宝滝寺がその山麓に建立されている。入山口の犬鳴温泉から犬鳴川沿いに踏み入ると、日の光は杉叢を通して僅かに綴られるほどしか地に届かず、境内に辿り着く遥か手前から、辺りの湿りの支配する山間は神さびた異郷の趣に満ち満ちている。
無数の滝を数珠つなぐ苔清水が離れず寄り添う深緑の山道を進むと、木暗い道端に八百万の神々の石仏が散見されだして、秘境の翳みが一層色濃くなった所でようやく行者の滝を後背に掲げる奥の院へと辿り着く。 絶えず流れる渓流と不動の石は似た明暗を浮かばせて、それは同化を試みて交わりを続ける様にも見える。脈動する滝津瀬を無心に眺めていれば、流転の中に生命の根源と天地開闢の原点が潜んでいる気がして、浄域の中核は朱塗りの堂宇の内ではなく、閼伽も雨水も同一の野晒しの側に遍在するものだと気付く。 仏参に来たのではないので、ここから参拝道を逸れて高城山へと向かう。温泉街がすでに高地に拓かれているので、登りはさほどきつくはない。ほどなく見通しの利く林道へと出た。立ち籠める雲煙が和泉山脈の幽邃を重色目にして映し出すのを見ると、曇天はこの山にあっては満更でもないと思う。立ち枯れの枝張りは遠い日の一瞬の雷の久遠の影法師となって、鎮かな山気にただ吹かれていた。 舗装された林道よりも自然林の中を歩きたかったので、北の迂回路から温泉に戻る道を選んだが、心配していた通りに道は徐々に不確かになり、行き着く先が危ぶまれたのでついに踵を返して往路を足早に戻る結果となった。 山雨にくすんだ木の下路を進みながらも、春の新緑と秋の紅葉、そして盛夏の清流の良さも格別であろうと窺われた。また訪れたい。 帰りに温泉旅館の外来風呂に入った。川に面した露天風呂が眺めて飽きない風情でもって鎮かに疲れを癒してくれた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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