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misty247

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2006.09.05
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カテゴリ:古今東西のお語
 今回のお話しは、表題だけが一人歩きすることも多いほどに有名な作品です。戦争に翻弄された十二人の生徒と先生の絆の物語 ── 概要は誰もが知っていても、通して読んだことのある人はずっと減るのではないかと思います。(私も読んでなかった一人ですが^^;)
 映画も有名ですね。一番古い、高峰秀子主演・木下恵介監督の1954年の作品は、これを機会に観ました。圧縮版には小説にない映画へのオマージュが一部混じっています。
 長編なので前・中・後の3回に分かれました。当作品をまだ読んでいなかった方で興味を持たれた方は是非本編をお読みください。一人ひとりの描かれ方が∞倍に素晴らしいですから。


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二十四の瞳

 十年をひと昔というならば、ふた昔半もまえのことになる。普通選挙法による初の選挙があった昭和三年の四月四日、瀬戸内海べりの一寒村へ若い女の先生が赴任してきた。
 瀬戸内海で二番目に大きな島、小豆島。細長い岬のとっぱなに、百余戸の集落のための分教場があり、岬の子供たちは小学四年までをそこで習うのだった。分教場の先生は決まって年配の男先生と若い女先生の組み合わせで、岬の子供たちは、女学校を出たばかりでやってくる新米の女先生を「おなご先生」と呼んで、親しみを隠しあいながら皆でからかうのもまた習いだった。
 しかし今度の新任の先生は、子供たちの悪戯を何ら気構えることもなく、颯爽とかわしてしまった。新学期始業の日、岬の子供たち親たちが好奇の目を並べて迎えた先生は、洋服姿に自転車という、どちらも島ではとても珍しい、ハイカラなものに包まれていたのだ。
 「ほんに世もかわったの。おなご先生が自転車。おてんばといわれせんかいな」
 「ほら、モダンガールいうの、あれかもしれんな」
 噂はたちまちひろまったが、当の女先生に気負いはなかった。入り江の向こうが生家で、母と二人暮らしをする先生の名前は大石久子。女学校師範化を出て母と暮らすために戻ってきたのだった。分教場までの片道八キロを歩いては通えず、自転車屋の友達に五ヶ月の月賦で世話してもらった自転車は、小柄な体に大きかったばかりでなく、生活を支える調度品としても大きなものだった。洋服は、母のセルの着物を黒く染め、へたでもじぶんで縫ったものだった。
 校庭では掛け声大きく手を打ちならし、一年生の不安をとくと、教室に迎えて出席をとった。
 「岡田磯吉くん。── よばれたらハイって返事をするのよ」
 「ソンキよ、返事せえ」
 別の子が口を挟む。
 「みんなソンキって呼んでいるの?」
 皆が笑う。先生は出席をとりながら愛称を聞いては名簿に書きとめた。キッチン、タンコ、マッちゃん、それに、富士子は旧家の子供、磯吉が網元の息子、マスノは料理屋の娘と家業もあわせて心のメモに書きとめた。
 はじめて教壇に立つ大石先生に、受け持つ一年生十二人の瞳がことさらまぶしかった。今日から集団で学びはじめるこの子たちも、家に帰れば子守をし、麦搗きを手伝い、網曳きに行くのだ。働くことに追われるばかりの寒村で、この輝く子供たちとどうつながってゆくか、思うとひとり一人の個性が輝いて映り、胸が弾んだ。
 帰り道、始業の日の気持ちを母に語ろうとペダルをふみ続ける大石先生に、岬組みの生徒の一団の声がとんできた。
 ──大石 小石、大石 小石
 体が小さいところから生まれたあだ名とわかって、思わず笑い出した小石先生は、すれ違いながら「さようならァ」と高い声を送った。

 * * *

 一学期の間、小石先生はパンクした一日を除いて遅れずに通った。分教場に向かう先生と岬から本校へ登校する生徒がどこで出会うか、それを互いに時間の目安にしあった。
 「やあい、先生のくせに、おくれたぞォ、月給、ひくぞォ」
 決まって出会う場所に駆け込むのはたいてい生徒の方だったが、たまに先生が遅れ気味だと生徒が囃し立てる。そんな日、先生は帰って母にこぼすのだった。
 「子供のくせに、月給ひくぞォだって。勘定だかいのよ。いやんなる」
 「そんなこと気にしない、気にしない。分教通いも一年だけの辛抱、辛抱」
 だが、辛抱となぐさめられるほどの苦痛はなかった。子供たちは勤勉で、夏の光に輝くおだやかな入り海と同じに、女先生の気持ちもつねに子供たち前で明るかった。少し悲しいのは、いつまでも気を許さない村の人たちのことだ。その原因が自転車と洋服にあると男先生に指摘されて驚いたが、毎日着物で往復十六キロを歩くわけにもいかず……。
 夏休みが過ぎ二学期を迎えた。珍しく波のざわめく入り海をみて今日が二百十日だと気付いた。外海が近くなると木々の小枝が道に散りまかれ、自転車も難渋しながら進んだ。村のとっつきの波止場まで来ると、漁船が一隻転覆し、道は砂利で埋まっていた。岬の村は台風にひどく荒らされていた。
 学校に着くとマスノが報告してくれた。
 「せんせ、ソンキのうち、ぺっちゃんこにつぶれたん。蟹たたきつけたみたいに」
 「まあ、ソンキさん、うちの人たち、けがしなかったの?」
 こっくり頷く磯吉。
 よろずやの小父さんが屋根から落ちた、ミイさんとこが雨戸を飛ばした、自分とこの水がめが割れた、とマスノは次々に報告した。それで先生は三時間目の唱歌の時間を、生徒を連れてお見舞いにまわることにした。
 「仁太んとこは壁が落ちて押入れん中がずぶぬれになってしもたん。ばあやんがこないして天上見よった」
 顔をしかめてばあやんの真似をするマスノに、先生は思わず笑い出してしまった。するとすごい剣幕でよろず屋のおかみさんが走りよってきた。
 「おなご先生、あんたいま、なにがおかしいて笑うたんですか? 人の災難に会うのがそんなおかしいんですか」
 「すみません。そんなつもりはちっとも」
 「あきれた先生もあるもんじゃな。ひとの災難聞いてけらけら笑うて」
 びっくりして返す言葉も出てこない先生を残してぷりぷりと引き返していった。
 自転車と洋服が築いた心の堤防は、台風の後も一層堅牢にはだかっていた。この失態にも尾ひれがついて村中に広まるに違いない。が、子供たちの手前、悲しみに塞ぎこむわけにもいかなかった。
 「さ、もう行きましょう。小石先生しっぱいの巻だ。浜で歌でもうたおうか」

 ♪ はるははよから かわべのあしに かにがみせだし とこやでござる
    チョッキン チョッキン チョッキンナ ♪

 「あわて床屋」「このみち」「ちんちん千鳥」「お山の大将」── 覚えた歌をみんな歌った。
 「さ、今日はこれでおしまい。帰りましょう」
 立ち上がって一足さがったとたん、きゃあっと悲鳴をあげて倒れた。子供たちの仕掛けた落とし穴に落ちたのだ。笑い声と拍手のさ中、先生は砂の上にくの字のままで、なかなか起き上がらなかった。そのうち、喜んでいたものは黙り、サナエは泣き出した。
 泣き声に励まされでもしたようにようやく半身を起こすと先生は目を閉じていった。
 「だいじょうぶ。だれか男先生よんできて。おなご先生が足の骨を折ったって」

 * * *

 十日すぎても半月たっても女先生は姿を見せなかった。
 「あの先生ほど、はじめから子供にうけた先生は、これまでになかったろうな」
 あわなくなってから、小石先生の評判が村の人の間でよくなった。
 困ったのは男先生で、自分でオルガンを弾けない唱歌の時間はとくに困った。それに、子供たちに好きな歌を歌わせてみれば「ちんちん千鳥」に「あわて床屋」。盆踊り用のやわい歌ばっかりではないか、男の子のために大和魂ふるわす歌も教えにゃならん、と男先生は奮起しオルガンの稽古に励んで生徒の前に立った。黒板に歌詞と譜が書かれていた。

 ── 千引きの岩 ──
 千引きの岩は重からず 国家につくす義は重し
 事あるその日、敵あるその日
 ふりくる矢だまのただ中を おかしてすすみて国のため
 つくせや男児の本分を、赤心を

 唱歌の時間があった日の帰り道。サナエ、マスノ、小ツルが話しする。
 「男先生の唱歌、ほん好かん。おなご先生の歌のほうがすきじゃ」
 「おなご先生、いつんなったら、くるんじゃろな」
 「おなご先生の顔、見たいな」
 ソンキに竹一、キッチンの男の子も入って口真似をした。
 「おなご先生の顔、見たいな」「おなご先生の顔、見たいな」
 言ううちに実感がはいり、これから皆で会いにいこう、ということになった。しかし入り海の反対の先生の家は遠い。子供たちには遠すぎて、歩いてどのぐらいかすら見当がつかなかった。バスで行ったときは饅頭一つ食う間じゃった、という仁太の言葉を疑いつつも唯一の拠り所にして、子守や手伝いに捕まらないように親には内緒で、皆で抜け出して落ち合って、皆は揃って歩きはじめた。おなご先生の顔を見に。
 しかし当ての分からない五キロの道のりは遠かった。入り海を回るほどに先生のいる本村は遠くなり、それが江に伸びる山ひだの向こうに隠れてしまうと、子供たちの不安は重石のように心にのりかかり、足取りを重くさせ、ついに草鞋の切れるまで歩いたあたりで、コトエが泣き出し、つられてミサコとフジコもしくしくやりだした。帰りたい気持ちを胸いっぱいに閉じ込めすぎて、とぼとぼ歩く十二人。
 ──と、そこを一台のバスが通り越し、さらに思いがけず、窓から大石先生の声が。
 「あら、あら!」
 わあッ!
 「せんせえ」「おなごせんせえ」
 「どうしたの、いったい」
 「先生の、顔みにきたん。遠かったあ」
 松葉杖によりかかる先生の頬は、涙がとめどなく流れていた。
 先生は十二人を家に迎え入れ、キツネうどんをごちそうして、記念にと、写真屋にたのんで、浜辺の松の下でみんな揃って写真を撮った。
 帰りたがらない子供らを親が心配しているからとなだめて船に乗せ、──実際、岬の村では神隠しのように揃って消えた子供たちのせいでてんやわんやだったのだが──、いつまでも見送る先生と子供の間に「さようならァ」の交し合う言葉が、秋の夕ぐれ色の海の上を、波の数ほどもわたっていった。 <つづく>





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Last updated  2006.09.13 11:33:57
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