Mizumizuのライフスタイル・ブログ

2008/05/12(月)00:23

悲恋(永劫回帰)(3)――媚薬という責任逃避

Movie(158)

<きのうから続く> 『トリスタンとイゾルデ』における「媚薬」――それはたいていは、神秘的な薬を飲んだと信じたことで、2人が抑圧していた「許されざる恋愛感情」が呼び覚まされたのだと解釈される。コクトーの『悲恋(永劫回帰)』も当然この路線。つまり、2人はそうとは知らずに媚薬を飲んでいるのではなく、どこかで自分たちが媚薬を飲んだと知る必要がある。 『悲恋(永劫回帰)』では、この媚薬の神秘性をうまく活用する展開になっている。まずは、暖炉の火が燃えているリビングで、パトリスとナタリーがくつろいでいる。パトリスがカクテルを作りにバースペースへ。グラスを用意し、果実を絞り、作りかけのカクテルからちょっと眼を離したすきに、こっそり小人のアシールが「毒」と書かれた瓶に入った液体を、2人のグラスに注ぐ。アシールは例の盗み癖を発揮して、ナタリーの部屋から媚薬の瓶を盗んでいたのだ。 カクテルの仕上げにパトリスがワインを注ぎ、それを持ってくる。何も知らずにカクテルを飲む2人。すると、何か摩訶不思議な感情が押し寄せてくる。 それが単にお酒のせいなのか、それともアルコールをきっかけにこれまで秘めてた感情がベールを脱ぎ始めたのか、理解できないまま昂ぶりを自覚する2人。 暖炉の前に横たわるパトリスとナタリー。外はひどい嵐。雷も鳴り始める。それがますます若い男女の何かをかき立てる。 ナタリーは雷におびえる。そんなナタリーにパトリスは思わず…… 古典的な暖炉の火を前にしたラブシーン。ちなみに、このときマレーが着ていた北欧風のプルオーバーは、映画公開時若者の間で流行った。 そころがそこに、いきなりアシールが現れる。はっとして離れる2人。 アシールは嫌悪と羨望と嫉妬がないまぜになった恐ろしい形相で、2人に「毒」と書いてある瓶を投げつけ、脱兎のごとく逃げていく。 瓶の中身を見て媚薬を入れられたのだと気づき、その逸話をパトリスに話すナタリー。 もちろんパトリスは信じない。 「僕には効き目がないよ」 そころが、伯父が出かけたある晩、パトリスはまるで何かに憑かれたようになって、ナタリーの部屋へ続く螺旋階段を上っていってしまう。 月明かり、陰鬱で運命的な音楽、普段の快活なパトリスとは別人のような恍惚とした表情…… 自分の意思で階段を上っているのではなく、むしろ誰かに導かれているように見える。一瞬媚薬の魔力を信じてしまいそうになる、真に審美的なシーン。光から闇へ、闇から光へ。意識下と無意識下の世界の境界を極限まで曖昧にするジャン・マレーの美貌が、この世のものとは思えない。 ナタリーのベッドでパトリスは、 「もう引き返せない」 とささやく。 ところが2人がキスを交わそうとした瞬間、今しがたパトリスが上ってきた階段からアシールが現れる。部屋の灯りがつき、ドアをあけてゲルトルートが嬉しそうに笑う。 このときのイヴォンヌ・ド・ブレの腹の底から楽しそうな、勝ち誇った笑い顔には背筋が凍りつく。 神話の一場面のように美しい、秘めた禁断の恋物語が、残酷な照明にくまなく照らし出され、一瞬にして安い見世物になってしまった。最後に伯父マルクが登場。実は伯父が出かけたというのは、ゲルトルート一家が仕組んだ罠だったのだ。 マルクはパトリスに「家を出ろ」と命じる。そして、「彼女に罪はない」と言いかけたパトリスを黙らせ、ナタリーに「ゲルトルートたちに送らせるから島へ帰れ」と言い渡す。 <4/16へ続く>

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