テーマ:心のかたち、人のかたち(950)
カテゴリ:生きる
何年前だったろう?
長野オリンピックの閉会後、パラリンピックという障害者のオリンピックが行われた。 そのとき、TVで‘片脚の棒高跳びの選手’を観た(確か、両手も不自由だったと記憶しています)。 彼は生まれつき障害を持っていたわけではないが、ある日、命を落とすような交通事故に巻き込まれた。 「もう駄目だ」と家族も心の奥底で‘死’というものを覚悟した中、しかし彼は命を取り止めた。 意識が戻ったとき、彼は戸惑った。 思うように手や足が動かないからだ。 それもそのはず、それらが彼の身体にはもう無いのだから。 はじめ、彼は分からなかった・・・なにが起きたのかを。 しかし、それを知ったときの生きることへの絶望。 「神様、なぜ自分が・・・。いっそ死んだ方が・・・。」 心が悲しみ、苦しみ、憎しみを招く。 しかし、それから数年後、彼は目の前のTVスクリーンの中で、自分の背丈よりずっと高いバーを片脚で飛び越えている。 喜びを身体全体に表して。 まるでそのバーを飛び越えることが、今の自分を越えていくかのように。 彼のバーを見つめる目は、生きる目標を見いだしている。 彼は、微笑みながら言う。 「神様、ありがとう!あのとき、私の命を助けていただいて。命って素晴らしい。私は幸せだ!」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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