■金融危機をチャンスと見た2つの会社
ここのところ「100年に一度の危機」という言葉がすっかり定着してしまい、経済ニュースは「派遣切り」や「雇い止め」といった暗い話題が多い。不景気なのだから、暗いニュースが多いのは仕方がないが、前向きな話はないものか。不況にあっては、企業は製品への需要が減るが、他方で、不景気であるがゆえに原材料の仕入れが安くなったり、効率の良い投資が行えたりするメリットがある。誰でも知っている、有名企業の動きを二つ取り上げよう。一つめは、パナソニックだ。パナソニックは、昨年12月に、三洋電機の完全子会社化に関して、金融三社(ゴールドマンサックス、三井住友銀行、大和証券SMBC)との交渉を成立させた。パナソニック、三洋の両社経営陣は、経営統合については、すでに基本的に合意していたが、問題は、パナソニックが三洋電機の株式を買う価格だった。報道によると、パナソニックは当初120円を主張し、金融三社、特にゴールドマンサックスの主張(200円台後半の株価であったと報じられている)とは大きな隔たりがあった。転換権を行使した場合に三洋電機の株式の過半数を占める金融三社は、お互いに他社が株式を売却する場合に先に株式を買うことができる特約を結んでいたから、パナソニックは三社全てと合意する必要があった。この交渉は、結局、一株131円という、パナソニックの主張に近い価格で決着した。以下は筆者の推測だが、パナソニックは、(1)ゴールドマンサックスが上場来初めての赤字でキャッシュが早く欲しかったこと、(2)急速な不況の進行で三洋電機の単独再建にリスクが生じてきたこと、(3)同じく不況で三洋電機を買おうというライバルが現れないこと、の三点を見極めて、交渉を有利に進めた。つまり、金融危機を活かして、そうでなければもっと高くなければ買えなかったかも知れない三洋電機を安価に手に入れたのだ。交渉相手が天下のゴールドマンサックスであるだけに天晴れだ。もう一つはキリンホールディングスだ。キリンは、昨年12月に豪州最大手の清涼飲料メーカーであるコカ・コーラ・アマティルに約4,880億円の買収提案を行っていることを明らかにした。また、その4カ月前にも、豪州の乳飲料メーカーであるデアリーファーマーズを買収している(買収額は約840億円)。同社は、それ以前にも国内で、協和発酵、メルシャンといった会社を買収しているが、2007年11月の、これも豪州の乳業大手ナショナルフーズ(負債の肩代わりを含めて約3,000億円)の買収から海外に買収の矛先を転じている。こうした一連の買収の結果、キリンの財務は、この不況の中で、有利子負債を増やす方向に進んでいる。キリンはもともと財務体質の良い会社で、収益力も相対的に安定しているから、資金の調達が可能なのだが、考えてみると、不況で会社の株価が下がり、さらに借入金利も下がり、加えて海外の会社を買収する際の為替レートも円高になっているのだから、買うべき物があるなら、今こそが買い時だろう。飲料メーカーであるキリンにとって、人口(飲料を飲む口の数だ)が減る日本にだけ籠もっていては、成長は覚束ない。海外に活路を求めることは合理的な成長戦略だろう。パナソニック、キリン、両社の積極的な戦略が結果的に功を奏するかどうかは分からない。筆者は、両社の株式への投資を勧めているわけではない。しかし、資産価格が下がるような不況をチャンスと見て投資に打って出る点について、両社の行動はセオリーに適っていると思う。そして、このセオリーは、余裕のある個人投資家にとって他人事ではない。不況こそ投資のチャンスなのだ。==========================================================楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元(楽天マネーニュース[株・投資]第44号 2009年1月23日発行より)==========================================================