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モノスキー日記

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人間交流

2009年04月05日
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カテゴリ:人間交流
このところ、夜中に消防車のサイレンがなることが多いのです。

今朝、5時半ごろもそうでした。

いつもと違うのは、音がかなり大きいこと・・・
それにうちのそばでサイレンが鳴り止むこと・・・

こりゃ近いぞと、パジャマのままで表に出てみました。

我が家から数十メートルのところにたくさんの消防車がモノモノしく止まっていました。
どこだろうと近づいてみるとなんとまだ火が出ているではありませんか。

小さな小屋(後から聞いたら農機具小屋だそうな)だったので、消火が始まると
数秒で鎮火、あっという間の出来事でした。

興奮気味に帰ろうとするとピカッとするものが・・・

うん? と光源の元をみるとカメラのフラッシュでした。
みるとその主は、もう向こうをむいて、続けて他の人を撮影していました。
背中には・・・POLICEと言う文字!!

さっきの光は、わ・・・私を撮ったのか!!

望遠付きのカメラで、間違いなく私を撮影したようです。

そうかそうか、放火犯は消火の現場を見て興奮するらしいから・・・
職務としては当然の行為でしょう・・・

えっ? そういうことは私が放火犯??!!

まぁ、疑われていることは間違いないでしょう。

この界隈ではこの1ヶ月で20件目の放火となりました。








Last updated  2009年04月05日 13時08分57秒
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2008年11月24日
カテゴリ:人間交流
私のブログ仲間に味噌やさんがおられます。


いつもおいしそうな味噌汁の写真がアップされます。

その彼が、おしょうゆの汁の朝食の写真をアップされていました。
こちら


いたずら心がでて、おいしい味噌やさんを紹介しようかと書き込みました・・・

彼の返事は・・・

お願いします。

だって・・・

_(.・)/ ドテ! まいりました。







Last updated  2008年11月24日 08時50分48秒
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2008年10月26日
カテゴリ:人間交流

40年来の旧友とブログの掲示板でバトルを展開しています。
ちょっと面白かったのでご紹介を・・・

昨夜、一緒に焼肉を食べた友人です。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

よきんさま。               SEIRO1956さん
なんという偶然でしょう。
まさか、よきんさまが、僕の車の後ろにいるなんて!!神様のお導きかと・・・。

それにしても、冷静になって考えると。
よきんさまは、僕に、「運転しながら、電話でしゃべりのは、ルール違反だよ。」と、言われましたよね。僕は、まさかよきんさまが、僕の後ろにいることも知らず、車を大変素直に停車しました。

しかし、僕の車の後ろにいたよきんさまも車に乗って僕に電話をしていたんですよね。
な~んだ、マナー違反を先に犯して僕に電話をしたのは、よきんさま!!じゃないですか。

あ~あ、誤って損をした気分です。 (2008年10月25日 23時13分37秒)


SEIRO1956さんへ               よきんさん

>あ~あ、誤って損をした気分です。

それを言うなら「謝って」でしょ。誤っていますよ。

あのね。私の会社の特許商品、いいなとーくをご存じないのですか?

運転中に電話をしても、大丈夫という商品があるのですよ。

(2008年10月25日 23時20分49秒)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


彼は「携帯を持たない連合」のドンというほど携帯反対派でした。

とりわけ携帯電話のマナーにはうるさく、一緒にレストランで
食事中、メールが入ってきたのをちらりと発信元を確認しただけで
「それごらん、携帯を持っている人は平気でそういうマナー違反をする!!」
と怒っていた御仁だったのです。


そんな彼ですから、運転中に携帯が鳴るだけで、ぼろくそに
言っていました。「なんで運転中にマナーモードにしないのか!!」と。

鳴るだけで怒っていたのですよ。

そんな彼を前方に見つけた私は、心が躍りました。

信号で停車中に私はイヤホンマイクを利用して発信、
彼がどうするか見届けました。(^_^; アハハ…

すぐに携帯電話に出た彼はそのまま車を発進したので、
上のような会話になったのです。

そして、きっとブログの掲示板にも書いてくるだろうなと読んでおりました。

見事に当たりました。

さて、彼の反応を楽しみにしたいところです。

弊社の特許商品、いいなとーくはこちら


「いいなとーく」を利用すれば、比較的安全に通話が出来ます。

外部スイッチ付ですから、携帯本体に触れなくても、
着信やボイス発信などの機能が利用できます。

こちらの機能を利用する限り、比較的安全に通話ができます。

安全にと言っても、よそ見をしないで済むという程度です。
くれぐれも安全運転には留意ください。

「いいなとーく」を使っても、運転中に携帯を見たり、
本体の操作をしてはいけません。誤解がありませんように。

この商品を運転中に利用する場合、合法・非合法の判断は微妙かもしれません。
ご確認の上、ご利用下さい。当社は一切責任を負えません。







Last updated  2008年10月26日 15時50分14秒
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2008年10月21日
カテゴリ:人間交流
ブログを始めて1230日あまり、おそらく私は自分のブログをPRした
ことはあっても他の方のブログを、お勧めしたことはないと思います。

(特定の記事の紹介は別です)

今日は是非、ブログの「お気に入り」に登録をお勧めしたい方を紹介します。

とても楽しく味わいのある方です。


旅田卓宗(たびた たくそう)さんです。
http://plaza.rakuten.co.jp/papaiku/


ただいま最高裁で闘って(?)おられます。
応援をして欲しいとは申しませんが、
興味を持っていただければなぁと思います。

最近、著書を手にして皆様にお勧めしたくなった次第です。

                          よきん拝






Last updated  2008年10月21日 18時33分05秒
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2008年10月19日
カテゴリ:人間交流
写真にはなんの意味もありません。
友人の為の、画像アップテストです。

test






Last updated  2008年10月19日 23時23分21秒
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2008年09月15日
カテゴリ:人間交流
よきん 2008年09月15日 14:23 一歩さんへ

なだらってなんだい?

稲はぜのこと???



一歩 2008年09月15日 17:40 よきんさんへ

稲はぜってなんだい?

なだらのこと???






Last updated  2008年09月15日 20時48分19秒
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2008年08月22日
カテゴリ:人間交流
朝は、メールチェックや昨日の連絡事項など
割と忙しいものです。
でも、ふと目にした友人のブログにはにんまりしてしまいました。

ちょっと息を抜けということでしょう。

seiro H

さて、気分一新、今日も頑張ります。

いくつになっても、H・・・な私の友人のブログはこちら










Last updated  2008年08月22日 09時10分21秒
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2008年08月15日
カテゴリ:人間交流
私の友人のブログが、1000日目を達成したようです。
サッカー好きな方は、是非どうぞ。

たまに辛らつな記事もありますが、サッカー好きな方には
けっこう受けているようです。

タイトルは、「がんばれサッカー」
http://plaza.rakuten.co.jp/seiro1956/

こんなメッセージをおくりました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

ブログ開設1000日達成、おめでとうございます。

やりましたね。

楽しく愉快に書いておられるのが、コツかなぁと思います。

200,000アクセスも目前に迫りました。
サッカーファン必読のブログになりますように。

               よきん拝






Last updated  2008年08月15日 05時03分52秒
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2008年08月05日
カテゴリ:人間交流

昨日の日記を書いていて思い出したことがあります。

もう、10年以上も前のことなので、恥ずかしながら告白します。

法人会の税務研修会後の、懇親会の席でのことです。

創業10年に満たない頃で、会社の経営はまだまだ苦しかった時期です。

私は統括官に対して、「税金を払うなんて馬鹿だ」と暴言を吐いたのです。
そのときは暴言だなんて思っていませんでしたけど・・・。



何円何十何銭という僅かな加工賃をもらって、血のにじむような思いで
仕事をしている社員に少しでもたくさん支払って上げるべきだ。

税金を払うなんて冗談じゃない。
そう、本気で思っていたのです。

しばらく激論をした記憶がありますが、諭してくださいました。

「分かりました。なにがなんでも利益を上げて税金が払える
 立派な会社にしましょう」と言っていました。


経営の数字がまったく分からない私が必死に学ぼうと思った瞬間です。

あの一夜がなかったら、もしかしたら未だに自己資本比率は
マイナス(つまり債務超過)の状態でいるかもしれません。
いや、とっくに会社がなくなっていることでしょう。


統括というと一般の会社では課長クラスの肩書きだそうです。
私より少し年配の方でした。

お互いに相当酔っていましたが、よくも言ったものです。

本当にまったく・・・もう。

今思い出しても、顔が赤くなります。

酒を飲んでも居ないのに・・・






Last updated  2008年08月05日 04時34分14秒
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2008年05月19日
カテゴリ:人間交流
森岡まさ子様を偲んで、講演録をお届けします。
2003年12月に尾道市倫理法人会のモーニングセミナーに
来られた時のものです。

会場:尾道国際ホテル 時間:6時~7時

☆━━━…………‥‥‥ご講演‥‥…………━━━☆
テーマ「出逢いは宝」

●森岡まさ子(もりおか まさこ)プロフィール●
明治43年(1910)広島県甲奴(こうぬ)郡上下町に生まれる。
上下高等女学校、第3回卒業。戦前、新聞記者=森岡敏之と結婚。
その後、京都大学フォスコ・マライーニ氏の秘書を務める。
戦後、原爆症の夫を抱え〈広島県公認高等文化女学校〉を設立。
同校長として就任。戦後の混乱期に若い女性たちへ、夢と希望を与え続けた。
昭和34年(1959)広島県内初の民営ユースホステルを開設。
夫を亡くした後も経営を続ける。
昨年結腸の腫瘍摘出の手術に成功し、91才にして本を出版。
NHKテレビ「人間ゆうゆう」でも紹介されました。
平成14年 「エイジレス賞」を内閣官房長官から表彰される。



おはようございます。
大変な早朝にもかかわらず、素晴らしいですね。
お部屋に入ってこられる様子を見て、感激しました。
みなさん輝いておられますね。

倫理の皆様に、直にお会いできて感激しています。

本当は2,3時間いただきたいのですが、
時間のある限りがんばります。

わたしには、尾道はご縁の深いところです。
女学校のあとで、裁縫を習いに来たところです。

今日わたしが話すのは、93年生きさせていただき、
暗いトンネルばかりだった人生です。
わたしの人生のドラマを聴いていただいて、
その中からなにかを汲み取っていただければ幸いです。

前向きに頑張れば、いつか明かりが見えると思って、頑張りました。
でも、また暗いトンネルになることもあります。
気付いたら93歳です。そろそろ天国へ行くことでしょう。

いまがおまえの青春だと言い聞かせながら、生きています。
感動の毎日ですが、必ずしも、うまくいく人生ではありません。

現在をどう活かして、残りの人生を楽しんでいくかお話します。
言葉におかしいところがあったとしても、
年に免じてお許し戴きたいです。

この尾道は、第二の故郷として懐かしいところです。
わたしは、上下町の出身です。

上下町は、小さな町ですが、幕府の天領として栄えたところです。
島根県の大田の銀山から、銀を大阪へ運ぶとき
1番始めに泊まっていく宿場町として栄えた町です。

田山花袋(たやまかたい)も何回も通ってこられた町です。
花袋の資料館もあります。

小さな町ですが、学問の町です。
教育熱心でしたので男なら大抵学校へ行きました。
わたしの母も、貧しい中で女学校へ行かせてくれました。

親に恩返しをしたいというのが念願でした。
2年のときに英語のコースと裁縫のコースの選択がありました。

裁縫はだれかにやってもらえるかもしれない。
英語はそうは行かない。
英語コースへ行ったらと母が言ってくれました。

呼ばれて子どもたちの前で話すことが多いのですが、
お母さんの言葉は大事ですよと言っています。
いまでも、母親のその言葉が忘れられません。

まったく田舎の私が、タイピストになるんです。
タイピストの免状を取りました。
なぜかというと、女性の仕事では1番月給が良かったからです。
親を喜ばせたいと思って、免状をとったのです。
英文のタイピストです。

大阪の大丸に勤めながら免状をとりました。
その頃にはもう結婚しておりました。

慶応大学を出て新聞記者をしていた主人がある日こう言いました
イタリアから素晴らしい先生が来られている。
京都大学で、レセプションをされるということでした。

お前に外国人を見せてやるといわれ、主人の後をついて行きました
当時は外人が珍しかったのです。

都ホテルには、いまでもそのときの額が残っています。

そこでは、家庭教師を望むと書いてあったのです。
主人に試験を受けてみたいとお願いしたのです。

主人は、上下の方言で
「やっちゅもない」といいました。
やっちゅもないとは、やっても無駄だと言う意味です。

それでも、試験を受けるのに、お金がいらないからと
頼み込みました。

結局13人受験したようです。
当時の主人の月給が、30円でした。
家庭教師代は55円。だんなより多いのです。

先生のところに部屋を戴き、ふたりで住み込みました。

始めてみた外国人がイタリヤ人でした。
実は、素晴らしい先生だということは知りませんでした。
フォスコ・マライーニさんでした。
とってもおえらい方でした。

先生からたくさんのものをいただきましたが、
勉強ほど大事なものはないことを教えていただきました。
先生は、英語、イタリヤ語、日本語も堪能です。

その後少しすると、日本の国に黒い雲がかかりました。
戦争です。
せっかくの出逢いなのに、別れがきました。

憲兵隊に大事な本を没収されました。
家族をつれ、収容所を転々としたあげく、
先生はイタリヤ帰られました。

広島の原爆で、主人が被爆しました。
上下の駅に迎えに行きました。

いとも哀れな姿に変わり果てていて、びっくりしてました。

頭は割れて血みどろでした。
火傷だらけの身体には、びっしりとガラスがささっていました。

びっくりしました。たくましい男でしたが、
これがわたしの主人かと思い涙が溢れました。
しかしそれでも軍人の妻かと怒られました。

病院によって、うちに連れて帰ろうとしたら、
診療所には、誰もいません。
お医者さんも、看護婦さんもみんな広島へ治療に掛けつけていて
誰もいないのです。

そこの人は、クスリも何にもないのだけれどと
言いながらそれでも、
なけなしのクレゾールとガーゼを下さいました。

さて連れて帰ったものの、寝させようもないのです。
痛がる主人からガラスを抜かないと行けません。

数日して悲しいことがありました。
近所の人が来て言うのです。

「奥さん、だんなさんまだ生きているの?」

なんとひどい言葉でしょうか。
こんな悲しい言葉を聞いたことがありません。

原爆にあった人がいると町中がだめになると
言う風評があったからです。

主人をなんとしても生きさせるんだと決意しました。

煎り豆(いりまめ)には花が咲かないといいます。
もういちど、煎り豆に花を咲かせて見せると
自分に言い聞かせて、がんばりました。

クスリもない、たべるものもない。医者もいない。

これがわたしの最初の本です。

煎豆に花が咲いた  (森岡まさ子・著)
http://www.joho-fukuoka.or.jp/kigyo/ipro/mama.htm

ぱぱを助けるために頑張りました。
夜になると激痛で殺してくれと言います。

その2につづく その2はこちら







Last updated  2008年05月19日 12時27分47秒
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