主人なき屋敷のかくも長き不在/エヴァの大地
Well, if you're travelin' in the north country fair,Where the winds hit heavy on the borderline,Remember me to one who lives there.She once was a true love of mine. ――Bob Dylan:『北国の少女』――風の吹きすさぶ北国の地へもし君が 旅することがあるならそこに住む或る人に よろしく伝えて欲しい彼女は 遠い日に 僕が愛した人なんだ歌は、男が過去(少女)を追慕し、気遣っている情景を描き出している。しかし、この情景は、恐らくあまりに女・性的なのだ。そこに歌われている「情景」、この絵の風景を一人の女が歌っている・・・すなわち二重底なのである。この時、この風景とは何か? ここに描かれている存在の大地において、果たして何が起きているのか、あるいは何が起きてしまったのか?女が男をして歌わしめる二重の底において、われわれは、二つの推論を述べることができる。一つには、男はすでに無く、あたかも彼が存在し、配慮するかのごとく、女が歌っている。そして、「すでに無い」とは、この男の「不在」に関わる事柄なのだ。また一つには、もともと男が女と対になって存在し始めたわけではなく、女が歌う風景の中に、彼女を気遣う歌を「歌う男」が描き出され、生み出された。これは、前者とは、正反対のものであって、男の「誕生」に関わる事柄であろう。われわれは、一方において、「彼の不在」に関わるいきさつを「追放と王国」と解する。しかしながら、エヴァ(*)の大地にもともと「彼」がいたわけではないとすると、この大地は「彼」を生み出したことにもなる・・・古伝承においては、アダムの身体の一部からエヴァが生まれたことになっている。ところが、われわれが目撃しているのは、恐らくそれとは真っ向から異なるセリーである。矛盾した謎の男は、身動きの取れない別の場所にいて、自身の分身となってくれる「友人」に語りかける。北国の少女(=エヴァ)は、かくも長き不在の中に男を待っている。「友人」に語りかける遥かなる声の主人とは、誰か? エヴァの声の「変容」であるなら、<身動きの取れない場所>の意味も分かって来るというものだ。そこは、エヴァの家に他ならないだろう。主人なき屋敷のかくも長き不在の中へと招かれている「友人」とは誰であろう!*:少女の名は、マリア(『五番街のマリー』のイメージが強いので)ではなくエヴァだと思われる。