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カテゴリ:ショート・ストーリー
佐藤商店の人々 [3/6]
[承前] [専務(53歳)] 和子はいつもの通り、8時22分にオフィスに着いた。 おや? 珍しく社長がいない。 和子が出社した時に社長がいないことはほとんどない。週休二日だけれど、社長はほとんどの土曜日さえ昼までは仕事をしている。 誰かの机の上に載っている書類の束が、バサバサと耳ざわりな音を立てている。 風? エアコンが強風の設定にでもなっているのかしら? 和子はオフィス入口のドアを後ろ手に閉めた.向こう端にある社長室のドアばかりか、非常用の窓が大きく開いているのがガラス張りの壁を透して見えた。 あぶないなあ、社長ったら! ここが何階だと思ってるのかしら。いくら暑がりだからって非常用の窓まで開けることないじゃない。でも、社長は一体どこへ行ったのかしら? トイレかしら? あの人トイレ長いから。 開いた窓から救急車のサイレンの音が飛び込んできた。 やだ、また交通事故? この辺りって毎日誰か交通事故で死んでるんだから。窓を閉めると和子は自分のデスクに坐った。 オフィスのドアがとっても乱暴にノックされた。開けてみると制服の警察官がふたり立っていた。全速力で階段を駈け上がって来たのだろうか? 威厳を保とうと努力しているようだけれど、年を取った警官だけではなくて若い方までも息が切れてゼイゼイしていたのではそうもいかなかった。 社長が亡くなったとふたりから聞かされた時に和子の頭にまず浮かんだのは、来月からどうやったら月に120万円も稼げるのかしら?という疑問だった。創業当初は、自身のコネクションで獲る仕事が全売上の35%を占めていたのだが、創業5年目からはそれが10%前後に落ち始めて、ここ5年間は5%にも届かない。それでも私は専務よ。売上シェアに関わりなく高給を取る権利がある筈よ。 重役の地位を利用して、接待費などの経費をふんだんに遣うのみならず、個人的な支出の領収書まで会社の経費精算で処理していた。この会社では、重役の経費精算に社長の決裁はいらないのだ。いわば月収200万円の専務ということになる。社員数30人の会社の重役が月収200万円となれば、詐欺にも等しい行為だろう。 経理部の若い子なんかに、レシートのことで文句なんか一言だって言わせてあげるもんですか。なんたって私は専務様なのよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.08.06 10:58:58
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