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カテゴリ:ショート・ストーリー
和尚の悟り方 [4/5]
[承前] 不飲酒戒を破ってばっかりいたそんなある日、いつもの店にあの女がやって来た。なんで女がひとりでそんな店に来るんだって店のママに聞いたら、以前は会社の同僚と週イチのペースで来て、酒はほとんど飲まずにカラオケを歌いまくってたんだとさ。女は店に来た時にはもうかなり酔っぱらってて、ママや俺を相手にしゃべりっぱなしだったっけ。俺はてめえの口数の少なさを埋め合わせるために、生のウィスキーを続けざまに飲んだ。 ふたりでもう1件行こうと意気投合してママの店を出た時にゃ、ふたりとも泥のように酔っぱらっちまってた。結局、やっちまった。どんなふうにやったかも、気持ち良かったかどうかも覚えてやしねえ。何てこった! 今じゃもう忘れちまったけど、俺たちがくり出したすぐ後に、何かの急用で理恵が店に俺を迎えにやって来た。ママのやつ下手なうそをつきやがって。反対にバレちまったじゃねえか、ババア・ママめ。 不邪淫戒さえ破っちまった。 ゆうべはババア・ママの店で鯨みてえに飲んで、前も後ろも右も左も上も下も分かんなくなっちまったようだ。 その店に初めて来た客がいた。相撲取りのような腹をして、ずっとニヤニヤしてた。死人同様な俺にそいつが突っかかった。 「このガキ、俺に喧嘩を売ろうってのかい?」 俺の酔っぱらった目にも見えた。やつがリンゴの皮を剥いてたママの手から果物ナイフをひったくった。それが合図だった。 「にゃあ~んてひったの、こにひき?」 目ヤニと酔いで世界が三重に見えた。いつのまにか俺は、右手にアイス・ピックを握ってた。俺の左手は果物ナイフを握ったやつの右手首を絞った。やつも俺の手首を折ろうとしてた。くっつくほど顔を近づけて睨み合いをしてた。 どのくらい経ったのだろうか? ウッという自分のうめき声と店の女たちの悲鳴。やつのナイフが俺の腹の贅肉を2センチくれえ落とした。この時点で、やつがビビって降りた。てめえの飲み代と、治療代だとぬかして万札20枚を俺の手に無理矢理握らせた。兎のように逃げてきやがった。俺は店のおしぼりをてえしたことねえ傷に当ててソファに沈み込んだ。アルコールの濃い霧が、血栓がそこいら中にあって皺のすくねえ脳味噌に充満してやがったぜ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.08.19 21:29:02
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