モーゼルだより

2009/11/16(月)05:38

収穫の風景 ザール 9

葡萄畑(213)

最後の一房が入った収穫をほっとした表情で背負って歩くヘルムートと収穫チーム。 朝靄の中で始まった収穫作業は、あたりが薄暗くなり始める午後4時ころまで続いた。 終盤には一本の葡萄の樹になっている房の数が多すぎる気がしてきた。棒仕立てなので片面を収穫しても、反対側に回りこむとまだ房がいくつも残っている。切り取るために房を掴むとすぐに果皮が破れ、滲み出した果汁で手がベトベトになり、カメラを操作出来ない。撮影をあきらめ、とにかく手当たり次第に切り取ってはバケツに放り込んでいった。 「各列あと5本だ。がんばれ!」ヘルムートが檄を飛ばす。一日中葡萄を背負って斜面を上り下りしていた彼が一番疲れているはずだが、まだ気合い十分。ほかのみんなも黙々と手を動かして、とにかく全部収穫して作業を終えることだけを考えているようだった。 やがて最後の一房がバケツに放りこまれて背負い籠に空けられると、アナが黄色い歓声をあげた。 「キケリキー!キケリキー!」 日本語で「コケコッコー」にあたる鶏のときの声だ。 「収穫チームの一番若い人の役目なんだ」とヘルムート。「収穫が完了すると『キケリキー!』と叫ぶのさ。由来や意味は私も知らないが」昨年、やはりザールで収穫完了を祝っていたゴグレーヴ醸造所の人達も、大声で「キケリキー!」と幾度も叫びつつ喜びんでいたことを思い出した。この一帯では収穫を終えた時、「やったぞー!」との思いを込めて「キケリキー!」と叫ぶのが習わしのようだ。 「さあ、乾杯しよう!」最後の収穫をコンテナに空けたヘルムートは、文字通り肩の荷を降ろしてワインを注いでまわった。 「プロースト!」「プロースト!」 次第に暮れなずむ葡萄畑にグラスの音が木霊し、リースリングの甘みが舌にやさしく染み渡った。 その日9人で一日かけて収穫した畑の広さは約0.3ha。大体2200本のリースリングが植わっている。3月に冬眠から目覚め、4月に小さな緑の葉をのぞかせ、6月に開花して結実、それから4ヶ月かけて完熟したリースリングを、ヘルムートの家族と近所の人々が手を汚しながら収穫し、コンテナへと集めた。 完全に人手による収穫作業は、近年減りつつある。 房を切り取るのは手作業だが、その葡萄を集めて回るのはバギーやフォークリフトであることが多い。さらにこの2, 3年はハーヴェストマシンを村で共有し、醸造所が順番で収穫に用いるケースも増えた。葡萄の畝をまたぐようにして走るこの大型自動収穫機だと、わずかな時間で一気に収穫することが出来る上、数ヶ月のリードタイムと煩雑な雇用上の手続きを必要とする、東欧からの季節労働者を手配する手間も省け、人件費の削減にもなるという。とはいえ、極端な急斜面ではやはり屈強な男達の背中が頼りであり、それはこれからも変わらないだろう。 ヘルムートは乾杯のグラスを干すとトラクターに乗り込み、けたたましいエンジン音を轟かせた。彼の仕事はまだ終わっていない。エゴン・ミュラー醸造所の裏手にあるビショフリッヒェ・ヴァインギューターの施設に収穫を運び、圧搾するのだ。それから果汁をセラーを間借りしている隣村のカンツェムにあるフォン・オテグラーフェン醸造所に持ち込まなければならない。その日の収穫は約2000リットル。一本の葡萄からボトル一本強を取れたことになる。 11月半ば、葡萄畑は晩秋の静けさに包まれていることだろう。収穫から一週間ほどして、ステンレスタンクに入れた果汁が天然酵母で自然に発酵を始めたという。どんなワインに仕上がるのか楽しみだ。 その日の収穫チーム。おつかれさまでした。

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