モーゼルだより

2015/08/08(土)23:23

ひさびさのドイツ・その71

さて、1時間あまりカフェで過ごして今度はちゃんと電車に乗ることが出来た。あっけないほど簡単で、乗り継ぎも全く問題なかった。乗り継ぎ時間がほんの数分で短いと思った所も、ホームの反対側に次の電車が待機していたりして迷うこともなく、今朝の騒動がまるで嘘のようだった。 ヴァッヘンハイムの駅で降り立つと、そこはドイツに多い無人駅の一つだった。駅舎は多分あったと思うが目に入らなかった。待合場所とおぼしきベンチの裏はすぐに道路で、アンドレアス・シューマンはそこで手を振っていた。車で駅まで迎えに来てくれたのだ。最初はそこまでしてもらうつもりはなく、駅から醸造所まで歩いてどのくらいかかるか聞いた。Google mapによれば、醸造所か試飲直売所かわからないが、駅から歩いて5分ほどの場所にオーディンスタール醸造所がある、と表示されていた。一方、別の記事では醸造所は森の奥にあり、そこに到達するには急な坂道を登り切らなければならない、とあった。だから聞いてみたのだが、そうしたら駅まで迎えに行く、歩いてでは遠すぎる、という。 確かに遠かった。駅の裏手からしばらく葡萄畑を走り、畝の間に様々な花が咲き乱れる通りすがりの葡萄畑があまりに綺麗だったので、そこで停めてもらって写真を撮った。どこの醸造所の畑だか聞いたような気もするが忘れた。望遠で圧縮して撮った方が見た目の印象に近かったかもしれない。ちょっと失敗した。 それからさらに森の方へと進み、けっこう急な坂道を四輪駆動のごつい車でしばらく登ると視界が開け、葡萄畑の斜面が目の前に広がっていた。標高300mを超え、駅の近くよりも気温が少し低い気がする。車道の両側に葡萄畑があり、その外側を森が囲んでいて鳥のさえずりが木霊している。こんな人里離れた山の中にぽつんと葡萄畑があることが不思議に思われた。 ここにいつ、誰が、何のために葡萄畑と邸宅を建てたのか。それは19世紀初め頃というから、フランス革命がドイツに波及してしばらく経った頃のことだ。ヴァッヘンハイムの市長だったヨハン・ルートヴィヒ・ヴォルフ-現在もJ. L. ヴォルフ醸造所としてアーネスト・ローゼンが運営している醸造所のオーナーだった-が、週末の別荘として建築したとも、葡萄栽培に適した赤い土-雑色砂岩-がそこにあったからとも言われている。ともあれヨハン・ルートヴィヒはそこにまず2haのゲヴュルツトラミーナーを植えた。標高が高く冷涼で葡萄が熟しにくいので、酸が控えめでアロマティックなこの品種を選んだのだ。 ところが、何年か後にヨハン・ルートヴィヒはポーカーに負けて、せっかく開墾したオーディンスタールの地所をまるごと失ってしまう羽目になった。その時の勝負の行われた部屋は、今もJ. L. ヴォルフ醸造所にあるという。そうしてオーディンスタールを入手したのが同じヴァッヘンハイムの住人のクーン家であった。市長とポーカーをするくらいだから多分町の名士の一人だったのだろう。その孫娘がダイデスハイムの醸造所に嫁入りした時、婚資として持参したのがオーディンスタールの地所だった。私の調べた所では、以前所有していたのはゲオルグ・ジーベン・エルベン醸造所Weingut Georg Sieben Erbenである。創業1710年の老舗でありVDP創設当時からのメンバーで、1992年という比較的早い時期からビオロジックによる葡萄栽培を始めている。現在のオーディンスタールのオーナーが1998年にこの地所を購入した時既にビオロジックで栽培されていたというから、恐らく間違いのないところだ。 オーディンスタールの地所のすぐ隣には1980年代まで玄武岩を露天掘りしていた石切場があり、まるで火口のような深さ100mの大穴が口をあけている。ペッヒシュタインコップフという。周囲は自然保護区になっており、ハヤブサとミミズクが共存する珍しい場所なのだそうだ(ミミズクは夜にハヤブサの巣を荒らすので)。ちなみに、フォルストにもペッヒシュタインという名の畑があるが、この畑とその周囲の畑に混じる玄武岩(ペッヒシュタイン)は、ここから飛んでいったものだ。石切場の底には雨水が溜まりハイキングルートが通っている。そんな訳で、人里離れた場所にはあるもののオーディンスタールの地所を昔から知っていた人もいるようだ。 続きはまた。 下の写真は上記の石切場。本当に葡萄畑のすぐ側にあり、地震でもあれば全てを飲み込んでしまいそうだ。約3500万年前の噴火で吹き出した溶岩が玄武岩になるとともに、トリアス層(雑色砂岩、貝殻石灰質、コイパー)も吹き飛ばした結果、オーディンスタールの葡萄畑にはこれらの岩石が区画ごとに異なった割合で混じっている。鉄条網は安全対策だが、夏場は牛の放牧もしているので彼らが誤って落下しないようにという配慮だろう。

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