カテゴリ:本
6月に日本に帰省した時にはなんと一冊も本を買わずに帰ってきた・・・うん、確か一冊も自分では買っていなかったはずだ・・・。
が、1冊の本を知り合いからもらってきた。 横山 秀夫氏の「顔」という文庫本。 この作家のことは最初はぜんぜん知らなかったが、この1~2年前に映画でもかなりヒットした「半落ち」を書いた作家だ。 最初にその映画を観た後、たまたま原作本をもらって読んだのだが、この「顔」も同じ人が、自分はもう読んでしまったからということでくれたのだ。 今日は今週初めての出勤で、朝、出がけに読むものがなかったのでこの本をカバンに入れ、行きの電車から読み始めたら、今のところは「当たり」色が濃厚のような気がする。 ***** 自分も忘れていた子供の時「わたしのゆめは、ふけいさんに、なることです」と作文に書いた平野瑞穂。 高校卒業とともに婦人警官になり、もともと得意だった絵の才能が活きて鑑識課の「似顔絵婦警」になった。 あるひったくり事件で、被害に遭った老婆からの聴取で描いた似顔絵。 似顔絵を見せられて「そっくりだ」と言った目撃者にとって、実はそんな似顔絵は似ていようがいまいがどうでもよかったのだ。 「あいつは絶対に何かしでかす」と思わせるバカタレが近くに長いこと住んでいて、このひったくり事件が起きた時に「今度こそあいつだ」と目撃者は思った。 当たり。 警察は「似顔絵婦警」のお手柄を派手にマスコミに売り込もうとしていたが、新聞写真では使えないほど似ていない犯人の実物と瑞穂の似顔絵。 瑞穂は上司から記者会見前にこっそりと「犯人の写真からもう一度似顔絵を描いてつじつまを合わせてくれ」と頼まれる。 それだけは、と抵抗に抵抗を重ねたが、結局断りきることができなかった瑞穂は、犯人の顔写真から捏造させられた似顔絵で「お手柄婦警」の見出しをつけられたそのことに耐え切れず休職。 瑞穂のささやかな矜持が無になった瞬間。 復帰後、これまでとはまったく違う部署に配属されたが「女を一人よこすってことは誰もよこさないのと同じ」と陰口も叩かれる。 ある日、仲のよかったクラスメートから「その頃の夢を叶えているのは瑞穂だけだからがんばってね」と封書が届く。 同封されていたのは、かつて自分が描いた笑顔で敬礼する婦警さんの上手な絵と、対照的に稚拙な字で書かれた自分の作文。 「わたしのゆめは、ふけいさんに、なることです」 ***** 読んでイメージできる平野瑞穂は、一人で事件を解決できるスーパーウーマンではなく、取り立てて目立つところのない警察のありふれた一員でしかない。 おそらく化粧っ気もそんなになく、かといって人から後ろ指を指されるほどにはダサくはない。 警察で「似顔絵婦警」として精魂込めることで、社会と人々の平穏な暮らしを守ることに小さくても確かに貢献できればそれでいいと思っているけなげさがある。 それを横山 秀夫氏は、男性にはめずらしいような細やかな筆致で描いているところに惚れた。 「半落ち」の場合は、すでに映画を先に観てしまったところから、原作の登場人物の人となりが全部その時の映画の配役に頭の中ですりかわってしまう気がして、私にとってはむしろこの「顔」のほうがぐーっと引き込まれる一冊のように思える。 この小説の中で秀逸だと思ったくだりがある。 瑞穂と警察学校で同期だったなつきは、一見、天衣無縫さを装って人に近づくが、その心の中はいやな感じにねじくれている。 そのなつきを横山 秀夫氏はこんなふうに描写する。(これくらいの引用は許して下さいね) ≪瑞穂、今日のマラソンきつそうだったね≫ ≪うん、ちょっとお腹痛かったんだ≫ ≪そうだったんだ。言えばよかったのに≫ ≪仮病だって思われるの嫌だから。あと3ヶ月で卒業だし、頑張らなくちゃね。でも、マラソンは苦手だなあ。逃げ出したくなっちゃう時あるもん≫ それを教官の耳に入れる。「瑞穂のことがちょっと心配なので・・・」と友人思いの生徒を装い、憧れの教官と二人だけの時間を共有する。瑞穂の『腹痛』は「なんか彼女、隠し事が多くて・・・」に化け、『仮病と思われたくない』は「どうしても教官には心を開けないらしいんです」と意訳される。『頑張る』はすっぽり抜け落ち、『逃げ出したい』がことさら強調して伝えられる。そして最後には眼に涙を溜めてこういうのだ。「瑞穂はかけがえのない友達です。私がしっかり支えていきます」 うまいなぁと思う。 女性のこういうイヤな部分を、ぐさっとえぐるように書くのではなく、ちょっとだけ「はつる」ように書くというのは作家だったら誰でもできるというものではないだろう。 このペースだと明日には読み終わるのだろうけれども楽しみだ。 この人の本をもう少し読んでみたいと思わせられる一冊だ。 P.S.そう言えば、この間は真保 裕一の「防壁」を読んだが、私にはさっぱりだった。 政財界の大物を護衛するSPの話や、かつての恋人に面当てともとれる行動に出られてしまったダイビングインストラクターの話・・・なんやら中篇が5つか6つほどはいっていたのではないかと思うが、最初のSP編でオチまで行って「こんなつまらん話があるか」と読後感不良。 人物に色合いがない上に、筋立てがうまくない。ありえない。 小説のリアリティというのは「それが現実世界で起こりうることかどうか」というものではなく、むしろ、その小説の中だけであってもどんなふうに普遍的で、どんなふうにありがちなものとして描かれているかのつじつまが合っていれば合格だと思うのに、この本にはそれが全然ない。 その後のダイビングインストラクター編でしょーもなさが頂点に達し、この間の整理の時にこの本は捨てた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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