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カテゴリ:樋口鳳香のコトノハ(文筆)
まだ夏はずっと遠くにあって、春にしては肌寒い陽気だった。 そのことは観光地を訪れるのには幸いだったようで、 島の小さなレストランでひっそりと食事をしていると 遥かなところまで来てしまったという悔恨がある。 肉ではなく骨の髄をうまいと思うような倒錯した悦びは、 旅にもあるのだろうか。 旅をしていて逗留している土地から足をのばして もうひとつの旅をすると、入れ子細工のようになる。 夜更けに宿にいると、ナポリの旧市街の騒音と人込みとが 懐かしく思い出されてくるのだった。 マラパルテの本と二つのレモンを枕元に並べて眠りについたが、 風の音と小さな小石がガラス窓をたたいて眠りは浅かった。 いつものような悪い夢を見なかったのは、 柑橘系の香りのおかげだったかもしれない。 翌日は朝から雨が降って風も強くなるばかりで、 どうやらナポリへの船便は欠航になっているらしい。 海の見える高台にまででかけてカフェで時間をつぶしているうちに、 マラパルテ荘を訪れるのは ずっと先になるだろうと思いはじめていた。 手に入れてしまえば、輝きを失うものがあることを知ってもいたし、 旅をすることが運に身を任せることだとも分かっていた。 まっすぐに愛するものへと駆けていけないのは老いの徴だとしても、 そのことに親密でいられそうな気がするのだった。 (翼の王国/佐伯誠『果実』より抜粋) ……よこみちわきみち通ってしまう事って、ままある。 本筋は分かっているのに、わざと遠回りしたり 話しかけたい人はそこにいるのに わざと他の人に言うようにしたり…… ほんとうは、君に伝えたい言葉がたくさんあるんだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年04月19日 22時23分32秒
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