ボートレーサー茅原悠紀選手を勝手に応援するブログ

2023/11/06(月)18:03

追加分 是非読んで下さい!G1読売新聞社杯全日本覇者決定戦開設71周年記念競走(若松)を振り返って

観戦日記(現地以外)(3032)

昨日、若松周年の振り返りをしましたが、どうしてもしっくりこないところがあったので、今日も追加で書いて書くことにしました。 何がしっくりこないかと言えば、途中帰郷のタイミング。先の記事でも書きましたが、負傷していたのは初日のレースによるものだと思うのですが、それなら初日が終わった後、もしくは2日目が始まる前に帰郷すれば良さそうなものですが、何故か2日目を2走もしてから帰郷したのかを考えると謎なんですよね。 確かに2019年のグランプリの時にもそういうことがありましたが、あの時はグランプリという特別な舞台でしたし、聞いてる話では、事故のあとは何ともなかったのが、当日になって不調になったということだったので、今回も同じ状況とは考え難いんですよね。今回はまだ次節以降もグランプリ選考期間が残っているだけに、早めに大事をとっておいた方が良い状況でもありますからね。 こういったことから想像することの1つ目は、帰郷の理由が負傷だけではなかったのではないかということです。 もちろん負傷はしていると思いますが、茅原選手といえば、病院送りになるぐらいの負傷でないと帰郷するイメージがないだけに、2日目に2回も走ったということは、そこまでの負傷ではなかったわけで、それだけを理由にするのは、私的にしっくりこないわけです。 では、それ以外に何が考えられるかと問われれば、私的にはモチベーションの問題もあったのではないかと思っています。 ここからはそのことについて、考えたことを書いてみます。あくまで、私的な考えなので、実際のところはどうなのか知る由もありませんが、これまでの色々なことを思い巡らせて考えてみた個人の感想ですので、ご了承下さい。 それでは、モチベーションの問題と考えだのは何かということですが、初日のレース内容です。 それを説明する前に、エンストした場面を正しく理解しておく必要があります。 何度もレース映像を見ていて気付いたのですが、3周1マークの入口で6号艇深谷選手と接触しているんですよね。2周2マーク後のホームストレッチから3周1マークに映像が切り替わって茅原選手が再び映り始めた瞬間です。茅原選手の舟が違和感のある方向に飛び出すような動きをしていることに気付きました。この動きはモーターの辺りを深谷選手の舳先で突かれていることを示していると思いわれます。また、茅原選手のコメントでも「事故でペラが曲がっていた」と言っていたこととも合致します。2周2マーク出口の位置関係では茅原選手の後ろを突くことは出来なかったはずなので、3周1マークで突かれたとしか考えられないわけです。 なので、2周2マーク出口で同体になったところから、3周1マーク入口まで映像には映っていませんが、その間に茅原選手と深谷選手でガリガリやっていたことも想像出来ますし、細かい状況はわかりませんが3周1マークの入口でハンドル入れたタイミングで深谷選手の舳先が茅原選手のペラに当たりエンストしたと思われます。 前置きの説明が長くなりましたが、私的な考えが正しいと仮定すれば、深谷選手の走りには問題があると思います。 何故なら、1周2マークの時点で深谷選手は茅原選手に対して無謀な走りで不利を与えているからです。もう一度レース映像で確認してもらえればわかりやすいと思いますが、茅原選手の舟が完全に向いて進めているタイミングでも深谷選手はレバー握って体当たりをしてきたために、茅原選手がそれを避けようとしてレバー放って不利を与えられています。 そのため、そこで並走になっていましたが、深谷選手としてはそれ以降は茅原選手に対して不利を与えないように配慮する必要があったと思います。俗に言う「選手道」というやつです。しかし、2周1マークで完全に茅原選手が深谷選手を振り切っていたにも関わらず、2周2マークで再び同じ様な捌きで接近し、3周目に入るホームストレッチでガリガリやってきたとすればそれは如何なものかなと思うところです。 ただこれだけなら深谷選手に対して「何やってくれてるんだ」と思うだけのことで済んだかもしれませんが、問題は茅原選手のエンストが深谷選手との接触で起きたにも関わらず、茅原選手の選手責任になったことです。 1周2マークの深谷選手の突っ込みは不良航法を取られていないのに、3周1マークの接触は茅原選手の責任というのはおかしな判定だと思うんですよね。 映像に映っていないので何ともいえませんが、仮に3周1マークで茅原選手から深谷選手に当たるような捌きになっていて審議対象になっていたとしても、そこまでの経緯を考えると、選手責任を取る必要はなかったのではないでしょうか。そもそも1周2マークで深谷選手の体当たりがなければ3周1マークでの接触は起きなかったわけですから、1周2マークの体当たりを不問ににしたならば3周1マークの接触も不問にすべきです。どちらもレースインシデント扱いにするのが公平公正なジャッジというものだと思います。 長くなりましたが、負傷だけでなくモチベーションが下がったであろう理由は、深谷選手の「選手道」に反した走りと不公平な判定によるものだと私的に結論付けてみました。 こういうことであれば、初日のレース終了後には帰郷を決めていたということもしっくりきます。 それでも、そんなことで帰郷するのは賞金を少しでも上積みしないといけない今の状況を考えると、勿体ないとか、間違っているという意見もあるかもしれません。ですが、私的にはそんなフィジカルとメンタルでレースを続けでも、リズムを崩してしまい、次節以降にも悪影響を及ぼすだけと思います。それよりも、しっかりフィジカル、メンタル共にリフレッシュして次節に備える方が、結果的には良いことになるはずで、振り返ったときには正解だったと思えると考えます。 ですから、私的には今回の帰郷が考えたようなことが理由であったとしても、全く問題ないと思っています。 では、なぜ2日目まで走ってからの帰郷になったのかということになりますが、これは単純に施行者に頼まれたからだと思われます。最近の業界は売上重視ですから、2日目の番組が出来上がっている状況で帰郷されては困るといったところでしょう。でも負傷しているといっている選手に何とか走ってくれと頼むのもどうなの?と思います。 基本的に簡単に帰郷なんてしない茅原選手ですから、施行者にどうしても2日目だけでも出走してくれと頼まれれば、無理して走ったことは容易に想像できます。 2日目は2回走りで1号艇も組まれていましたから、施行者が頼むのも容易に想像できます。 ただ、施行者に対しては先程の不公平な判定の件があったばかりなので、茅原選手は複雑な思いで2日目走る決断をしたのではないかとも想像できます。茅原選手としては、かなり気持ちを殺して施行者の要望に応じたはずなので、施行者が茅原選手の気持ちを軽んじない対応をしてくれていることを願うばかりなのですが、それもなんだか怪しいんですよね。これが2つ目に想像していることです。 何となくなんですが、私が怪しく感じる理由としては、勝利者インタビューが無かったことや、3日目の出走表が出るのが遅かったこと。 勝利者インタビューがなかったこと自体は、茅原選手自身が帰郷が決まっていため断ったかもしれませんから気にはならないのですが、JLCの中継上では何の説明も無いまましれ~とリプレイだけを流していたのに違和感を感じました。〈公開インタビューでしたが、現地ではどんな説明がなされていたのでしょうね?〉 そして、3日目の出走表がなかなか若松のホームページにアップされなかったこと。 ボートレース公式ホームページでは3日目の番組がいつも通りのタイミングて発表されており、茅原選手の帰郷も出ていました。そのため私的には、茅原選手の帰郷の理由が知りたくて、出走表を早く確認したかったのですが、それがなかなかアップされなかったんですよね。番組は12Rで想定外のことが起こらない限り当日の全レース終了時に出来ていると思いますが、12Rで何も起こらなかったにも関わらず、なかなかアップされなかったんですよね。 このインタビューと番組表の2点に違和感ありです。 そのことのヒントが、3日目の出走表に載せられていました。出走表の3ページの右上にある「お知らせ」欄。そこには、「4418茅原悠紀選手の欠場により昨日場内配布の出走予定表を変更いたしました。本出走表でご確認ください。」と書かれています。 これって、施行者としては3日目も出走してもらうつもりだったということですよね。しかし、勝利者インタビューもなかったことや、先に書いた理由での帰郷であると思うので、そんなギリギリで茅原選手の帰郷が決まったわけではないはずです。 それなのに出走予定表には反映されていなかったというのは、おかしな話です。 これは茅原選手と施行者との間での認識や思いが違っており、現場が混乱していたことが考えられます。初日終了時点で帰郷を決めていた茅原選手に、2日目だけは出走して欲しいと頼んでいたことは想像できますが、3日目もというのは考えにくいところです。 初日終了時点で帰郷を決めていた茅原選手に、2日目だけは出走して欲しいと頼んでいたことは想像できますが、3日目もというのは考えにくいところです。 しかし、施行者側の一方的な思惑で3日目まて出走する方向で準備されていたというのであれば、勝利者インタビューかないことに対する対応がなにも無いまましれ~としていたことも、出走表の出来上がりが遅れたことも納得がいきます。茅原選手とのやり取りが原因で現場が混乱しており、出走表が出来るのに時間がかかった可能性が高いと思われます。 ですが、そんなことが仮に起きていたとすれば茅原選手の心は穏やかではなかったでしょうね。ただでさえ、初日の出来事で不信感が積もっているところに、2日目までそんなことが起こっていれば、気持ちが荒れまくりではないかと心配になります。 初日も2日目も施行者に対する不信感が積もってしまったとすれば、それはとても残念なことではありますが、ここまで書いたようなことが起きていれば、それは仕方ないことでしょうし、私でも同様に不信感を積もらせます。 そんな状態であったとすれば、帰郷しても当然ですし、2日目終了後でなく、初日終了時点で帰郷しておけば良かったのになと思ってしまいます。 以上長くなりましたが、途中帰郷のタイミングに関することから私的に想像したことでした。 あくまで、想像の域は脱しませんが、個人的には遠からずなことが起きていたのではないかと想像出来たので書いてみました。 私はメディアでも関係者でもないので、完全な裏取りをしていない想像で書いていますが、それでも状況証拠(根拠)は示したつもりなので、完全な作り話でもないかなと。色々な考えがある範囲の想像だと思っていますので、こういうこともあり得るかもと皆さんの考えの幅を広げるための一つの考えとして受け止めてもらえれば幸いです。 また今回想像してみた背景には、最近のボートレース業界の売上主義偏重に対する私的な懸念している思いもありますね。そのことについては、また別の機会に書けたらと思いますが、業界の今後の発展を願うのであれば、施行者と選手との信頼関係を築くことにもっと注力してもらいたいと思います。 最後に、風のたよりで茅原選手の負傷の具合は深刻なものではなさそうだということが聞こえてきておりますので、きっと次節からまた元気に走ってくれるのではないかということを、報告して終わりたいと思います。

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