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ごった煮底辺生活記(凍結中

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バトルラケッター 04

バトルラケッター 04

第3章 「空中バレリーナ 相原ひろみ」

 競技場は沈黙に包まれていた。
 あまりに呆気ないゲルフの最後の為にであった。
 バトルラケッター、波乱の幕開けであった。

「なによ、拍手くらいくれたって...」
 と思った瞬間、一つの拍手が沢の耳に飛び込んできた。
 相原ひろみの拍手だった。
「きゃ~~! やった~~! 凄いな!!」
 相原は自分も出場者である事も忘れたかのように、沢の勝利を喜んだ。
 澄んだ笑顔には裏はまったく見られない。本気で喜んでいるのだ。
 沢もそんな相原に好感をいだいていた。

 だが--

「ねえ、相原さん。なんであなたはバトル・ラケッターなんかに出るの?
 あなたはあたしみたいな下層市民じゃなさそうだし...」
 控え室まで戻ると、沢は相原に聞いた。
 相原はすこし黙って、
「私の家ね、ピンチなの」
「ピンチ!?」
 相原は続けた。
「お父さんの事業が失敗してね、パドロア社に乗っ取られたのよ」

 相原は自分の家が食物クローン開発の社長である事を話した。
 食物クローン開発は世界の難民に対するボランティアを主とする会社だ。
 あらゆる状況下でも育成できる食物を開発していた。
 そこには人種を超えた思いやりがあり、それが開発の原動力だった。
 だから、社長令嬢である相原は下層市民である沢でも普通に付き合えるのだ。

「で、パドロア社から、バトルラケッターで優勝したら生活保証してくれると
 言われて...」

 だからって、相原のような17、8の少女が...。
 沢は上流階級にも苦しみがある事を知り、出場して勝てる!? と、聞いた。

「うん! 私には空中バレーがあるもん。だいじょぶよ」

 空中バレーとは無重力下において多彩な動きで魅せる舞踏であった。
 確かに、運動神経がいる踊りだが、これは...闘いなのである。

「ちょっとまって、いくら空中バレーが...」
 と、沢が言いかけた時、再び放送が流れた。

「第2試合は相原ひろみVS白金 沢です。選手はグランドに出てください」

 なんと皮肉な運命か...。
 二人はしばし絶句した。


 試合の組み合わせはランダムに決められるらしい。
 しかし、この組み合わせは...。
 事によったら、沢にとって最悪の対戦相手かもしれなかった。
 相原の事情を知ってしまったからだ。
 沢にも復讐という事情があるが、非情になれる自信がなかった。


 コートに囲いが降りてきた。

「沢さん。勝っても負けても恨みっこ無し。だから真剣勝負しましょ」
 コートの反対側に立つ相原が言った。
 沢の白いテニスウェアに対し、相原のは紺のセーラー服を思わせる。
 その目は言葉のように真剣だ。
 たとえ沢が手加減しても、相原はしないだろう。
 覚悟が決まった。

 コートの中央からボールが飛び出した。
 二人ともラケットをもっている。
 原子力のラケットではじくこのボールこそ攻撃手段だ。
 観客の声援の中、二人は中央へ走りこむ。

「!?」

 ボールを先に手にしたのは相原だった。
 渾身の力を込めてボールを打った。
 沢は反射的にしゃがみ、それをかわした。
 頭上を唸りをあげて通過したボールには凄まじい力が込められているのだ。
 直撃を食らったらまず、耐えられないだろう。

「沢さん! 行くわよ!」

 相原の叫び。と同時に、相原の体がフワリと宙に浮かび上がった。
 空中バレーを行う際に利用する無重力装置の効果だ。
 くるりと後方に回転するやいなや、沢の下方から相原の足が走った。
 アッパー的な軌道を描く蹴りであった。
 しゃがんだ状態の沢はかわせない!

「っ!」

 沢は十字受けで辛うじて防御すると、相原の間合いから逃げ、そこで呆然とした。
 相原は空中で踊り、空中バレーをやったのであった。
 重力に縛られない動きと、遠心力による鋭く強烈な攻撃。
 空中バレーは攻撃手段となりえる!!
 なんという華麗な攻撃であった事か、観客席から感嘆をふくんだ歓声が飛び出した
のも不思議ではなかった。

「宙に浮かんだ事によって、自在な攻撃が可能なわけね」

 沢はすっくと立ち上がった。蹴りを受けた手がまだしびれている。

「予想外な方向からの一撃、みごとだわ。でもね、これはバトル・ラケッターなのよ」

 沢はいきなりしゃがんだ。

「え!?」

 沢の背後から現れた物は!!!

「ボール!?」

 そう、ボールだった。相原が沢に向け放った原子力ラケットによる超威力弾だ!
 コートを囲む壁に反射し、跳ね返って来たのだ!

 相原はよける間もなく直撃を受けていた。
「きゃあああ!!」

 痛烈な悲鳴が競技場に響くと、歓声がより強くなった。
 悲鳴こそ彼等の待つ物であった。
 空中の若きマドンナが音もなくコートに落下すると、沢は硬いコートに
正拳を打ち付けた。

 ボールの反射を見切り、その弾道を自分の体で隠し、ぎりぎりのタイミングで
背後から迫るボールをかわした...沢の神技であった。
 が、なんと、後味が悪い事か。

 これで相原家は崩壊する事になるのだ。

 沢はピクリとも動かない相原を抱き上げると、無言でコートを去った。

--05へ続く



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