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鷲津砦(わしづとりで)は、大高城の丘稜上に築かれた砦です。
織田信長が、今川義元に奪われた大高城と鳴海城との両城間で、連絡が出来ないように備えた砦です。 永禄3年(1560年)5月19日早朝、桶狭間の戦いの前哨戦で、鷲津砦の織田軍守将として、織田秀敏と奥田城主飯尾定宗・尚清親子500余の兵が守護し、今川軍の攻撃隊は朝比奈泰朝・本多忠勝・忠真(叔父の忠真は初陣の忠勝12歳を補佐した)。 信長は清洲城から出陣したが、熱田神宮に差し掛かったときには、鷲津砦と丸根砦の両砦はすでに落城し煙が上がっていました。 鷲津砦跡は、大高城や丸根砦の跡ともに国の史跡に指定されています。 鷲津山砦址のある丘陵の麓には、山号を鷲津山、長寿寺という寺があり、この寺はもと真言宗・長祐寺と称していましたが、永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いのとき鷲津砦の兵火により焼失しました。 大高村の領主だった尾張藩重臣の志水氏の菩提寺で歴代の墓がある。 知多新四国八十八ケ所霊場の八十七番札所。 鷲津山長寿寺住所:名古屋市緑区大高町鷲津山13 孝養山明忠院参道の左手下に、愛知県で初の保育園があり、保育事業の始まりの地です。 明忠院住所:名古屋市緑区大高町鷲津5
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最終更新日
2021/10/21 11:57:09 AM
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