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今夜、筑紫哲也さんの追悼番組を見て、いろいろと感じた☆NEO☆でございます。
筑紫さんは大○県○田市の生まれで、その近隣にて中学生まで過ごした(今も実家があります)ので、親近感を強く抱き、また、あの歯に衣を着せぬ発言力に憧れたんだなあと思い返しました。 「多事争論」が始まったころ、19歳前後でよく盲目の片想いに陥り、また進路に悩んでいました。世界中も混沌としていたように記憶しています。現在の方が社会はますます混沌としているのは確実ですが…佛さまとなられた筑紫哲也さんはどうおっしゃるかもはや聴けないのが残念です。 個人的には幸いにも天命と思える仕事に就くことができ、かけがえのない家族と出逢い、またビルダーという奇跡的なゲームを通して多くの友人、知人が出来たんで幸せものだなあと改めて、神様、佛さまに感謝してます(^∥^) またまた徒然日記になりましたが、世界が良い方向に向かうこと強く願いつつ、 『しあわせはいつも自分のこころがきめる』 の相田みつを氏の言葉を借りまして〆させて頂きます(^O^) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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