がんの痛みのケア5
最後の時は、病院か自宅か?病院の方が、応急処置などには便利でいい面がある。しかしやはり本当に患者が安らぐのは我が家である。がんの痛みでも自宅では薬の量が半分で済むという。昔風の家の縁側で、ネコをひざの上にのせて、日向ぼっこをしながら眠るように死ぬのが理想の死に方であろう。渡辺宏さんを訪問診療する大岩孝司さん(左) 「お邪魔します。具合はどうでした」。千葉市内のマンションの居間で、リクライニングシートに座る渡辺宏さん(73)に、訪問診療の医師、大岩孝司さんが話しかける。「痛みは落ち着いています。先週は散歩もしました」と渡辺さんの表情は穏やかだ。 渡辺さんは11年前に右の腎臓にがんが見つかり、大学病院で摘出手術を受けた。その後、がんは、あごや腸などにも転移し、計4度の手術を経験。さらに昨年10月、新たに背骨の一部と骨盤中央部の仙骨への転移が見つかった。この骨転移の影響で、腰や尻に痛みが出て、座るときや前かがみになると症状が強くなる。 痛みを和らげるため、大学病院で放射線治療を受け、昨年末に退院したが、痛みがぶり返し、今年4月末に再入院。モルヒネなどの複数の痛み止めを服用していたが、医師から「緩和ケアは自宅にいても受けられますよ」と言われた。 同市内で約20人のがん患者を訪問診療する「さくさべ坂通り診療所」の大岩さんを紹介され、5月末から、住み慣れた自宅での療養に切り替えた。 大岩さんの訪問診療は週に1度。薬の効き具合や容体をみて、薬の飲み方などを確認する。さらに週3回、訪問看護師が様子を見に来て大岩さんに報告する。電話では看護師が24時間体制で相談に乗り、必要なら大岩さんが往診する。 「入院中は痛みで大声を上げることもあったので、最初は家で大丈夫か、不安だった」という妻の孝子さん(67)だが、夫の表情は自宅に戻ってからの方が明るいという。 「病院では24時間病人ですが、我が家では、本来の自分の立場を取り戻せる。生きている実感があります」と渡辺さん。痛みが和らいでも入院中はベッドにいるしかないが、家では家事や趣味などに取り組める。 痛みは、がんそのものが発するだけでなく、患者の不安などが余計に大きく感じさせていることがある。そのため、大岩さんは「痛みとがんの進行は必ずしも一致しない」と説明する。痛みが強くなると、がんの悪化を考え、その不安感が痛みを増幅させてしまうことがあるからだ。 逆に安心は痛みを和らげる。渡辺さんが自宅に戻ってから、モルヒネの錠剤は、入院時の1日80ミリ・グラムから40ミリ・グラムに半減した。 大岩さんは「患者の不安を取り除ければ、100%痛みを消せなくても、平穏に過ごせる人は多い。特に、落ち着ける自宅は、緩和ケアの効果を引き出す力を持っている」と語る。(高橋圭史、神宮聖) 自宅での緩和ケア がん患者らが、訪問診療・看護に支えられながら、慣れ親しんだ自宅で、痛みなどの苦痛を緩和する。厚生労働省が来年度予定しているがん対策には、自宅での緩和ケアを希望する患者の相談を受ける「在宅緩和ケア支援センター」の新設なども盛り込まれている。[提供:読売新聞]