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今日は今月二度目の講座の日でした。
先ず、『宗派』 とホワイトボードに和尚が書かれました。 その後、話が色々あったけれど、いつもの様にここでうまく話をまとめられません。 私の中に残っているものは、 仏教には “原理主義” と言われるものは存在しない。 何故なら、原理主義には二つの大切な事があるらしい。 それは、聖典があるということと、信じるかどうかという事らしい。 仏教には聖典はありません。 そして、信じる・信じないは問題でなく日々の行動が大切。 ということだったと心に留めました。 先日、外食をする機会がありました。お隣に作務衣を着たとっくに得度された(と思われる)方が奥様らしい方と席に着かれました。食事が運ばれてきたのが同じタイミングだったのですが、お皿を置かれるなりお箸をパチンと割られモクモクと食べ始められました。 思わず私は 「いただきます」 とお隣に聞こえる様な声を出してしまいました。 普回向(?だったかな、お食事の前に言うのは)とまではいかなくても、いただきますと手を合わせるくらいしたらいいのに・・・ と思ってしまいました。 頭を丸めて、作務衣を着て、袋みたいなのを持っていたら普通お坊さんと思ってしまいます。 でもね、その方達食事中お話をしていなかったから、それはいいかも。 そうそう、宗派は何故出来たか・・・ 教相判釈という仏典のランク付けを昔中国でして、どの仏典をトップに持ってくるかで宗派が分かれたそうです。 すみません、タイトルと中身が微妙に違っていて。 書き込もうと思っていても、なかなか思うことを表現するのは難しいと感じています。 かといって、色々考えているとなかなか進まないので、とりあえず思いつくままに書き込もうと思っています。そして、なるべくタイトルに近づこうと思っています。 温かい目で見守ってください。 又、ご意見ご希望がありましたら、どうぞコメントしてください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月28日 22時56分51秒
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