夜が待ち遠しい

2024/03/24(日)08:30

本所吾妻橋の老舗中華屋さん

墨田区(59)

芥川龍之介に『本所両国』というエッセイがあります。本所は芥川の故郷で、内容は震災前のかつての本所と現在のそれを辿る自伝的な作品でありまして、どこか温もりを感じる文章です。一方で永井荷風の『吾妻橋』では、芥川の見たこの土地とは全くの別物のように思えるのです。 毎夜吾妻橋の橋に佇立み、往来の人の袖を引いて遊びを勧める闇の女は、梅雨もあけて、あたりがいよいよ夏らしくなるにつれて、次第に多くなり、今ではどうやら十人近くにもなっているらしい。女達は毎夜のことなので、互にその名もその年齢もその住む処も知り合っている。  当たり前ですが町というものは、様々な表情を併せ持っているものであり、それを観察する場合、観察する人の生い立ちや生き様など多くの要因で見えてくる情景はそれぞれが全く別のものとして捉えられるものです。ぼくの眺める現在の本所吾妻橋の風景は、ざっくりと眺めた限りにおいてはスカイツリーなる巨大な建築物があるだけの特段の変哲のない町でしかないのですが、芥川が死の前に見た風景と現在のスカイツリーのある風景を見比べてどう感じるのか想像してみたくもなります。  今回お邪魔した「下総屋」は、昭和5年の開店という長い歴史を有する老舗中華屋さんでありますが、昭和2年に自死した芥川はこの店の開店を目にすることはなかったことになります。当時の店舗は当然建て替えられて全くの別物になっていますが、現在ののっぺりと飾り気のない店舗ですら、ぼくにはどこか懐かしく感じられるのです。店内には母子2名と高齢女性1名が夕食にはまだちょっと早過ぎると思われる時間ですが、ゆったりとして雰囲気で静かに食事しています。余りにも静かな店内。遅れて男性客もポツポツと訪れるけれど皆独りなので、ちっとも賑わうことがないのです。聞こえてくるのはテレビの音声と母娘さんらしき店の方たちのやり取りのみです。時折この店の雰囲気には似合っているように思えます。酒は瓶ビールしかないみたいですね。ビールだけ呑み続けるのは無理なので、肴は焼きそばと野菜炒めにしました。何だかそれだけだと気が引けてしまったので、後からもつ煮込みも追加しました。どれもまあ普通に美味しいかな。ぼくにとって雰囲気最優先は変わらないので、この時代遅れな雰囲気が悪くなかったので問題ではないかな。といったところで、ちょっと気に入りはしたのですが、ほかに言葉が出てこないので短いですけどここまでとします。

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