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【小説】12人の怒れるワイン愛好家たち


12人の怒れるワイン愛好家たち


 あるレストランで、ある1本のワインがお客によりつきかえされた。傷んでいて飲めない、それが理由だった。レストランはそのお客の要求を素直に認めたが、残りのロット11本に関してどうするかについて、レストランの関係者と専門家などをまねいて協議することにした、全員一致でのみ、ワインは販売業者に返されるか、そのままレストラン使用されるかが決まる。ワインの名前は、シュバルブラン1962。

 12人のソムリエ、ハイアマチュア、ワイン好き、お客の代表などがあつまり話し合いは始まった。
 最初の若いソムリエ1は言った。
「あんなワイン返品で当然ですよ。味はないも同然、うすっぺらで嫌な香りもある、業者に返して当然でしょう?」
 もうひとりの年配のソムリエ2もいう。「そう、飲むに耐えないものだった。あれをお客さんに出すのは店の恥だね、まったく協議する必要もなかろう」

 このとき、いた12人は以下のメンバーだった。
 支配人、パーカー本の愛読者、カリフォルニア愛好家、古酒を知らないアマチュア2名、眼鏡をかけた弁護士、この店の常連でプロ以上の知識を持つ50台後半のハイアマチュア、若いソムリエ1、ベテランソムリエ2、初心者、中年の古酒愛好家、ブルゴーニュ愛好家

 年配のソムリエ2は続けていった。あれこれ話し合う必要もないでしょう。みんな、あのワインをグラスで飲まれたでしょう。経験者なら結論は一致のはずだ。もちろん、この場には平等を帰するために一部アマチュアの方や初心者の方にもはいってもらってますが、やはり結論は同じだと思う。はやく、決をとって決めちまいましょう。

 支配人はそれを聞いて、簡単に決を取る提案をした。
「それでは、まず最初に決をとりましょう。これで簡単に結論が出るかもしれませんからね。あのシュバルブラン1962について、返品すべきだという方、挙手をお願いします」
 手はさっとあげられた、1,2,3・・・11、おかしい、ひとり挙手しないものがいる。みんなは挙手をせず、困った顔をしながら考え込んでいる、中年の古酒ワイン愛好家をみた。それは驚きと興味本位と嘲りのまざった視線だった。カリフォルニア愛好家が言った。

 「おやおやぁ、これは驚きました。あなたはあのワインが返品する必要のない「まとも」なワインに思えるわけですね?どういう事でしょう、簡単に説明してもらえますか?」
 古酒愛好家は、重たい口をあけて話した。
「確かにあのワインは軽い、せんの細いワインでした、しかし、それだけでワインは返品されるなんてものではないのではないか、私にはそういう合理的疑問のはさむ余地があるのではと思い、あえて返品には反対です」

 若いソムリエ1は、たからかに笑いながら、すこし小馬鹿にするような口調でいった。
「そうすると、あなたはあのワインがお好きで?いやもの好きな? もの好きはいいんですよ、でもね、あんなワインを愛する人なんて世界中で誰もいませんよ。もうピークはすぎている。崩れてしまっているワインです。まさか、それすらあなたは否定するんですか?」
 古酒愛好家は、ちらっと若いソムリエをみて言った。
「いや、私は、ワインそれぞれには 愛され方がある そういいたかったんだ。あのワインにも愛され方があるはずだと・・・ね。」

 残りの11人はため息をついた。やれやれ、この古酒おやじを説得しなければ、この臨時会議はおわらない。ワイン通ぶる人間にはこーやって自説を主張する困ったやからがいつもいるが、またか・・・。そういう空気が流れた。

 次に口をはさんだのは、場の空気を察してか、話がしやすくなった初心者の女性だった。
「私はワインの事は詳しくはありません。でも、私の食事のときにあんなワインを出されたら嫌ですわ」
「失礼ですが、あなたはワインは何年くらい飲まれてます?」古酒愛好家はきいた。
「さー、ここ2,3年かしら。みなさんほど経験はないけれど、レストランではいつもソムリエさんに勧められた素晴らしいワインを経験してますわ。でもきょうみたいなワインを勧められたことは一度もありません」
「すると、こうですか。今まで勧められたことがないタイプだ?それだけの理由で、あのワインは飲めない代物だと判断されるのですか?」
「まーいやだ。判断なんてものは私には出来ませんわ。ただあのようなワインは勧められたことがない。といいたいだけですわ」
「それでは、今回が初めてですが、先ほど飲まれてどう思いました?飲めない代物だと思いましたか?」
「うーん、そういう質問はソムリエさんにしていただかないと。ま、飲めない代物っていうほどには思いませんでしたけどね。でも、確かに皆さんがおっしゃるとおり、薄いワインだと思います」
「確か私の記憶では、あなたはあのワインを全て飲まれていたと思います。全部飲まれましたよねぇ。どっかに魅力を感じたのでは?」
「魅力って言葉は適切かどうかわかりませんけど、ちょっと軽やかで美しい香りがしたのは事実ですわね」
「今まで経験のしたことのない?」
「初めてですわね」
「あの香りを繊細でチャーミングだとは思いませんでしたか?」
「うん・・・・・・、そう思わなかったことはないけれど、周りの皆さんが、これは薄い飲めたもんじゃない、なんて言うもんですから・・・」
「ご自分自身の判断を聞かせてもらえますか?あのワインの繊細さな風味は、味の濃い料理とかとでなくて、たとえば、口を洗う程度のパンとだけで、純粋に味わえる?そうは思いませんでした?」
「あ・・・、そうね、パンとだったらいいかもしれませんわね。それに薄い味わいの中に今まで感じたことのない優しさとするりと口に溶けていく味わいはそんなに嫌いとは言えませんわね。あら、いやだ。わたし、最初と反対のこと言ってるわ。どうしてかしら?」
「周りのベテランの人の感想をきいてから口にしたからですよ。あのワインをもしも1本誰かにプレゼントされたとしたら、飲まずに捨てますか?」
「いえ・・・、たぶん、夜の落ち着いたひと時に、ゆっくり味わいたいような気がして来ました」
「支配人、もう一度、決をとってもらえますか?」

支配人はうなずいて、ふたたび返品するかいなかの決がとられた。返品派10、肯定派2。先ほどの初心者の女性が肯定派にかわったのだ。

ふだんはブルゴーニュを親しむ、ブルゴーニュ愛好家がおもわず、口をはさんだ。そこにはかすかな敵意があった。
「これだからもー、初心者の人をそういう風にいいくるめたからって、このワインがよいワインだなんて証明できませんよ。誰が飲んだって、こんなワインはうすっぴらな安物のキャンティみたいじゃないですか」
「君は本当にこのワインをキャンティと同じだと思うのかね?」ボルドー古酒愛好家はたずねた。
「そりゃ、キャンティとはちがいますよ、でもね、この味の薄さは、キャンティと同じくらい安っぽいといいたかったんです」

この話を横から聞いていた、パーカー点数至上主義者が、勢いよく話し始めた。
「このワインはね・・・ええと、ほらパーカーのボルドーで点数がついてますよ。ほら、76点。最低の部類の点数ですね。感想も私たちと一緒だ。うすっぺらで飲みごろを過ぎていて激しく衰えている。まさにそのとおりだ。あなたはあのパーカーさんよりも知識が上のつもりですか?」
そういうと、パーカー主義者は馬鹿にしたような笑いを浮かべた。ボルドー古酒愛好家はちらっと若いパーカー主義者をみると、たずねた。
「ふむ。76点ですか。厳しい点数ですな。確かにライトボディだし、飲みごろはもう少し前だったかもしれない。けれど、それだけでこのワインが否定できるのだろうか?このワインの今まで過ごしてきた時のいとなみが、このワインにあるとは思わないかね?」
「思いませんね。ぼくにとって、パーカーは神様です。彼が80点以下をつけたワインを私は飲んだりしません。いいワインだけを飲む、それが私のポリシーですから。」
「さきほど、76点といわれたが、その点数は何で調べたの?」
「私はパーカーの点数表をこの小さなメモにして持っているんですよ。だからボルドーならほぼ全てのワインの点数が一目でわかります。便利ですよ。コメントは書いてないけれど、点数は一目瞭然です」
「なるほど、で、その点数表はいつのものですか?」
「いつって、いつでも同じでしょ。パーカーのボルドーから抜粋されたものですよ。」
「点数が変わるとは思わない?」
「そりゃ、時間がたって、より高い評価になるワインもあるかもしれませんがね、そんな事はめったにあるものじゃない。なにより、こんな 衰えたワインが時間がたってよくなるはずがないじゃないですか?」
「そこのはオーブリオン1962の点数が載ってますか?」
「載ってますよ、80点台前半ですね、ぼくの基準としたら、これを飲むかどうかはギリギリだなぁ」
「最新版のパーカーのボルドーの評価を知ってますか?」
「今手元にありませんけれど、当然、時間がたってもっと悪くかかれているんでしょうねぇ」

 その時、眼鏡をかけた弁護士の合理主義的点数主義者が、だまってパーカーの最新版を、パーカー主義者にみせた。声は知的で冷静だ。視線は冷たく光っている。声は冷たく響いた。
「ここを読みたまえ」
パーカーのボルドー最新版には、オーブリオン1962は88点になっていた。
「驚いた。評価が上がってますね。なんでだろう。同じワインなのに。」
「あなたは、今まで、パーカーの点数以外の部分をちゃんと読んでましたか?」
「うーん、読んでないこともないけれど、点数だけをメモしとけば十分じゃないかって思ってて」
「じゃ、シュバルブラン1962のここの評価も読んでない?」
「・・・読んでないですね。だって76点のワインなんて・・・」
「じゃ、ここを読んでください。パーカーの評価です。ここの部分。読んでみてください」
「 <軽くて美しいワインで、いくらか魅力があり、丸く穏やかな果実味がある> 」
「どうです?あなたも同じ事を思いませんでしたか?」
「そう、まさにこんな感じですねぇ、だからちょっといいなぁとは思ったんですけど、でも76点でしょ、だから・・・」
「あなた自身の感想はどうです?このワインはほんとうに返品しなければいけないワインに思えてましたか?」
「いや、パーカーが点数はともかく、こうやって評価しているのなら、返品まではしなくても・・・」
 これで、返品派9人、肯定派は3人になった。

 この時、それまで腕組みをしていたカリフォルニア愛好家が、憮然とした口調で、けれどかなりはっきりと話し始めた。
「パーカーの点数なんて関係ないじゃないですか。私はカリフォルニア好きだけど、別にパーカーやスペクテーターの点数がどうであろうと、おいしいワインを飲みますよ。私のとっては、おいしい、って事がなにより一番なんだ。飲んでグッとくるような味わい。あれこそワインでしょう。強烈な果実味とタンニンそれが口の中でまとまるあの快感がワインのおいしさじゃないですか。カリフォルニアは天候もいいし、醸造技術だって日進月歩だ。フランスみたいに伝統伝統といっている、アナクロで飲んでも美味しくないワインを飲む人の気持ちはわからないなぁ」
ボルドー古酒愛好家は少し困った顔をした後に切り出した。
「あなたにとって、このシュバルブラン1962はいかがでした?」
「こんなのワインじゃないですよ。まるで水だ。果実味のかけらもない。私がこんなワイン、レストランですすめられたら、怒って帰りますね」
「なるほど。ボルドーはお嫌いですか?」
「嫌いじゃないですよ。私はおいしければ何でも飲みます。けれどボルドーの赤ワインっておいしくないじゃないですか。特にでたばっかりなんて、渋くてとてもおいしいとは思わない。そりゃムートンとかマルゴーとかはすばらしいと思いますよ。あとこのシュバルブランはだめだけど、若いシュバルブランはすごくいいと思います。でも値段が高すぎますね。同じ味わいで、カリフォルニアの良いワイナリーのワインが2,3本買えちゃうじゃないですか。私はボルドーっていうブランドにお金を払うのはいやでね。私は決してカリフォルニア党っていうわけじゃないんですよ。値段に見合っていておいしければ何でも飲みます。」
「たしかに、カリフォルニアはおいしいですけれど、あれはまるでジュースのようにおいしいとは思いませんか?」
「そう!ジュースのようにおいしいのですよ。でもちゃんとしたワインです。それがなにかいけませんか?」
「熟成に関してはどうお考えで?」
「熟成?いやーそういう事はあまり考えないなー。私は今飲んでおいしければ古くても若くても構わないんですよ。それが私の明確な基準です」
「それじゃ、ワインが年月を減ることで味わいがかわっていくという経験はいかがです?」
「あれば、すぐ飲んじゃうほうでねー、おいしくなければ飲まないし、そういう事はあまり考えませんね。でも、こういう話があるじゃないですか。ボルドービッグ8とカリフォルニアでどちらがおいしいかをブラインドでテスティングした。最初からカリフォルニアの完勝。ところが、ボルドーは熟成させて飲むもんだからと、いちゃもんをつけられた、5年だか10年後だかに。笑っちゃうじゃないですか。そのときもやっぱり、カリフォルニアがブラインドでのみ比べて完勝したらしいのですよ。熟成なんて言うけれど、結局、最後までカリフォルニアがおいしかった。これで結論が出てると思いますけどね」

 ボルドー古酒愛好家がなにかを言おうとしたときに、先に、年配のソムリエ2が話にわって入った。
「それはね、ちょっと誤解があります。比べられた年は1970年なんです。ボルドーにとって最高の年となりものいりで喧伝されたとしだが、実際のところ、葡萄の出来以上に堅物に作りすぎて、評判倒れの年なんです。若くてもおいしくなく、熟成しても先に果実味が枯れてくる年だったのですよ。だから、この年の比較はフェアーじゃないと思いますよ」
 カリフォルニア愛好家は、へーという顔をして聞いていたが、やがてこういった。
「どうして、そんな評判倒れの年のワインが、高く売られていたのです?」
「ボルドースキャンダルというのがありましてね、1973年です。そのころまでは、ワインバブルと言われていて、なんでもかんでも高く売れていたのですよ。そういう時代背景だったんですね」
「ふむ。熟成に関してはわかりませんが、今飲んでおいしいという観点から言えば、私にはやっぱりこのワインは賛成しかねる」
「やっぱり返品ですか?」
「今のところはね」

 ここで、ある程度の経験をしたアマチュアふたりが話し始めた。アマチャア1。
「ぼくとしてはねー、その熟成熟成っていうけれど、それがよくわからないんですよ。そりゃ出たばっかりのボルドーが渋いのが、10年くらいたって飲みやすくなるのはわかりますよ。熟成だと思います。けれど、今回のワインはもう40年以上たっているんですよ。弱弱しくなっていて、どうみても下り坂じゃないですか?」
 つづいてアマチュア2。
「私は古酒っていうのは詳しくないけれど、どこがいいのかさっぱりわからない。古ければいいってもんじゃないでしょう?骨董品じゃないんだから。」

 これにはボルドー古酒愛好家もちょっと困った顔をした。
「そう、確かに古ければいいってもんじゃない。けれど、古いワインにはそれなりの味わい方と品があるんですがね・・・」
「その品っていうのが、わからない。おいしいとかならわかるけれど。品ってなんですか?」

 冷たい眼鏡の弁護士が口をはさんだ。
「フィネスっていうことばありますよね。これは説明が難しい。ワインは熟成するうちに、さまざまな芳香を作り味わいも複雑になる。その特徴的ないろんなものが、ワインに性格を与える。そういうもんです。確かに古ければいいてものじゃない。けれど、古くなることで、フィネスと呼ばれるような繊細なあたらしい味わいがでてくると私は思ってますが」
 カリフォルニア愛好家とアマチュア1,2はちょっと自信のなさそうな顔をした。
「フィネスですか・・・。むずかしくてよくわからないなぁ。そういう世界もあるということは理解できますけど」

ここで、支配人がふたたび決をとった。
肯定派は、ボルドー古酒愛好家、初心者、パーカー愛好家
とりあえず棄権すると、カリフォルニア、アマチュア1,2
残り7人はやはり返品派だ。

 ここでソムリエのふたりがはじめて話し始めた。
「肯定派の意見も私どもはわかるんですよ。でもね、こういう危なっかしいワインは店としては置きたくないんですよ。おいしいという人もいれば、おいしくないという人もいる。危なっかしくておいて置けません。常にお客さんに、楽しんでもらうのが、私たちの役目なんです」
 ここで、あくまで議長の役割でほとんど口をはさまなかった、支配人が話した。
「お客さんによろこんでもらい、採算が取れる、これができないとレストランとしては困るというのは本音ですな」

 眼鏡の弁護士はにやりと笑ったが何も話さなかった。ブルゴーニュ愛好家はもう話に退屈しているのか上の空だ。眼鏡の弁護士の隣には、ハイアマチュアのベテランがいるが最初から一言も発しない。ただ、怖い顔をして睨みつけている。

 ボルドー古酒愛好家は、ソムリエと支配人にいった。
「でも、よい、レストランにしたいわけでしょう?」
「もちろん」
「たくさんの人にワインを味わって理解してもらいたい?」
「そうですよ、そうやってきたんです。採算の話もしましたが、時には採算割れのワインだって出すことがありますよ。それがサービスであり、お客さんを育てるものだと思ってます。」
「じゃ、あのシュバルブラン1962のなにがいけません? あれを引いたのはどなたです?」
「支配人です。私も協力しました」 年配のソムリエがいった。
「あなたはあのワインを悪くないと思ってるでしょう?」古酒愛好家は聞いた。
「実のところは悪いとまでは思ってません。けれど、お客さんに出していいかどうかは別です」
「お客さんのレベルがそこまで達していない?」
「お客さんどころか、こいつ(若いソムリエを指差した)ですら、理解しているか疑わしい」
「自分が信じていても、自信を持って出さないのですか?」
「おたくさんみたいな人たちがお客ではないのです。大部分のお客さんは、ワインはソムリエにおまかせしますという。そんな時にこのワインはだせません。逆にワインリストで自分から選ばれるお客さんは、私どもとしましては正直、緊張するのです。ましてそんなときに、このワインをオーダーされてどう判断されるかと考えると、神経が参りますね」
「すると、古酒はださない?そういう事ですか?」
「リスト外で飲んでもらう分にはいいんですけどね、オンリストしにくいですよ。みなさんが理解していただけるとは思いません」
「支配人、今の話を聞いて如何です?レストランとして格をめざすなら、いずれお客は育っていく。その時にこういうワインは必要だと思いませんか?」
支配人はだまりこんだ。

「もう一度、決をとってほしい」古酒愛好家が言った。
肯定派は 古酒愛好家、初心者、パーカー主義者、それに、支配人が参加し、それをみて、ソムリエふたりも賛成に転じた。そこまで話を聞いていた、カリフォルニアとアマチュア2人も、自信がないながら、返品の必要まではないだろうとつぶやいて肯定派にうつった。これで、9人。
返品派は、眼鏡の弁護士と怖い顔を続けるハイアマチュア、そしてブルゴーニュ好き。

そのとき、ずっと退屈そうに聞いていたブルゴーニュ愛好家が、怒ったように話し始めた。
「やめよーぜ、こんな無駄な会話。しょせんボルドーはボルドー、老女のようなワインをなめて貴族ぶるのが仕事だろう?それを高い値段で売りつけるのがソムリエじゃないか。なにをもったいぶっているんだか。ブルゴーニュのように単一品種で高貴に作られたワインの前では、ボルドーもカリフォルニアも全部クズ同然じゃないか。もちろん、このシュバルブランだってクズだ。ブルゴーニュ以外の・・・」

このとき、場に轟くような大きな声で、眼鏡の弁護士が言った。
「つまらぬ、差別主義者だな、お前は!これ以上、一言でもはなしたら、お前を二度とワイン会には呼ばないからな」
この一言で、ブルゴーニュ愛好家はだまりこくって、ふくれっつらをした。

そして、そのあと、おもむろに、弁護士はたちあがると話し始めた。
「私がこのワインを肯定しない理由は簡単だ。私の基準に合わないからだ。確かに飲めないワインではない。けれどこの希薄でほのかな香りしかしないこのワインをどうやって高く評価しろというのだ?」
弁護士は数々のワイン会をひらいており、経験豊富で、彼は自身たっぷりにまわりを睥睨していいはなたった。

その時にアマチュアのひとりが、小さな声で言った。
「いつも先生にはワイン会でお世話になっているから、こんな事を私が言う筋合いではないのだが、ちょっと意外に思ったので話させて欲しい。いつぞや、先生のワイン会で18世紀のボルドーを飲む会があったと思いますがちがいますでしょうか」
「ああ、やったね。記録によると去年の10月だ。ニューオータニの個室を借り切って、18世紀とヌーベルキュイジーヌの調べ、というテーマでやったはずだ。たしか、あなたも参加していただいたと記憶している。あの時にはじめて、18世紀のボルドーの偉大さをわかっていただいたかと思ったのだが」
「そう、たしか、デュクリュボーカーユ1890年をいただきましたな。100年以上の年月をとりながら、まだほのかな甘味を残すあのワインを私は生涯忘れないでしょう」
「その言葉を聞くだけで、あのワイン会をした甲斐がありましたよ」弁護士はすこし嬉しそうに言った。
「あの時、先生は、このかすかな甘味が残るこの姿こそ古酒の枯れの究極だとおっしゃりました。私ははじめての経験で勉強になりました。いま、思い起こしてみるに、今日、ためした、シュバルブラン1962はまだ40年と経た年月はちがうながら、同じような枯れとほのかなチャーミングさを一緒にしているように思うのですが、いかがでしょう?」
「それは・・・」 弁護士はすこし言いよどんだ。
「18世紀のワインという勲章と、1962年という年で、同じような枯れのワインに差をつけていいもんでしょうか。たしか先生はあのデュクリュボーカーユを絶賛されていた気がするのですが・・・」
「・・・・・・」

「もう一度決をとりましょう」支配人が言った。挙手願います。
肯定派はもはや圧倒的になった。注意されふてくされたようなブルゴーニュ愛好家もしぶしぶ肯定派にまわった。そして、弁護士は一番最後に「若干の私の考え方に修正が必要だったかもしれません」とあくまでも毅然といいはなちながら、肯定派にまわった。
最後まで返品にこだわっているのは、がんこそうなハイアマチュアのひとりとなった。

ハイアマチュアは言った。
「お前らがどんなにこのワインをほめそやしてごまかそうと、俺は絶対にこのワインを認めないからな。自慢じゃないが、俺は何十年もワインを飲みつづけているんだ。たぶん、この弁護士先生をのぞけば、おれが一番の経験者のはずだ。そのいままでの経験に誓って、このワインは返品に値する!」
彼の顔は少し紅潮し、こぶしをにぎりしめていた。

「どうして、このワインをそんなに否定なされるのですか?」 古酒愛好家は静かに聞いた。
「どうしてって、こういうワインはな、こういうワインは、人の心をダメにするんだ。俺はこの1962年という年のワインを許さない。絶対に飲まないし、あらゆる店にも置いて欲しくない。オーブリオンであろうが、シュバルブランであろうが、ペトリュスであろうが、ラトゥールであろうが、1962年の全てのワインはダメなワインなんだ。愛せないワインだ。死んだワインも同然なんだ。」

支配人は静かな声で言った。
「私の知っているところによれば、40年以上前あなたはこの1962の年のあらゆる著名なワインを、プリムールの時にケースで購入されてますよね。インポーターにあらゆる手段で集めさせていたはずです。それは・・・」
「うるさい。その全てのワインは去年、業者に引き取らせたよ、もう見たくもない、飲みたくもない」
「このシュバラルブラン1962は、そのひきとった業者から特別に分けていただいたワインです」
「え?」ハイアマチュアは絶句した。

「息子さんのヴィンテージが1962だったんですね。去年事故でお亡くなりになった・・・」
「・・・・・」
「息子さんがいなくても、ワインは生き続けますよ」
ハイアマチュアから嗚咽の声が漏れた
「このシュバルブランは大切に私のレストランで保管させていただきます。あなたのためだけに、特別にリザーブしておきましょう。いつか傷がいえたら、お越しください」

「どうやら、決がでたようですな」
「ですね」

終了




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