私がアイルトン・セナというF1のスーパースターを初めて知ったのは、中学時代の英語の教科書でした。私が中学1年生だった1999年の出来事です。東京書籍発行の「NEW HORIZON」(中1向け)にブラジル出身のスーパースターとして紹介されたのがきっかけでした。でもその頃には、アイルトン・セナはもうこの世にいませんでした。
2001年、弟がF1レースのゲームソフトを買いました。そこから私は急激にF1に夢中になりました。同年、「セナがF1レースの最中に事故死した」と初めて聞かされました。そこからイモラ・サーキット(イタリア)のタンブレロ・コーナーでクラッシュして、その際にサスペンションアームが・・・という生々しい状況も高校生になってから知りました。
アイルトン・セナといえばホンダエンジンのマシン。セナは生前、3回のワールドチャンピオンに輝きました。チャンピオンズを決めた場所はいずれも日本GP(鈴鹿サーキット)でした。いずれにせよ、日本ととても縁の深い選手でした。事故死する2週間前には、F1パシフィックGPがあり、岡山県の英田(あいだ)サーキットでも走りました。岡山県がセナにとって最後の日本となりました。
セナが事故死してから、ミハエル・シューマッハーという新たなスーパースターが誕生しました。世代交代を何度も重ねて、今のF1があります。今更ながら・・・1994年サンマリノGPで失われた命の重さを、改めて大きく感じました。
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Last updated
May 12, 2024 07:56:58 PM
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