テーマ:八重山的小説(65)
カテゴリ:nobel
ヤエゴン港湾出現に際してはもう一名の死者が いた。港に停泊、休憩していた小型高速船の船 長である。名前を是城善吉と言った。 善吉はヤエゴンが港湾内で立ち上がったその刹 那、ヤエゴンの横を船ですり抜けようと高速船 を急発進させたのである。でも急発進とは言え、 所詮は船であれば怪獣の隙を突き、その傍らを 瞬時に通り抜けられるほどの速度をいきなり出 せるわけではない。それでも善吉の判断は俊敏 だった。ヤエゴンが完全に直立した姿勢をとる 前に善吉はフルスロットルに入れていたのだ。 判断が俊敏だったというよりも、もしかしたら ただ単に死ぬほど焦って判断を間違っただけな のかも知れないが、今となってはその真相は誰 にもわからない。 しかして善吉は操船を誤まり、ヤエゴンの太腿 あたりに激突し無惨にも爆発炎上した。 マスメディア各種は彼の死を『港にいた多くの 人々を助ける為に怪獣に打撃を与えるべく突 撃していった勇気ある死』として讃えまくり、 その論調はまるで大政翼賛政権時のそれの如 くあったが、地元の新聞は本土マスコミのそれ とはちょっと距離を置き『島の男。海の男。その 見上げた男気』というタイトルで社説を掲載、地 元の人々の共感を得たのである。 ま、でも、多分、実際は我先に逃げようとした 挙句の操船ミスだったのである。ま、どっちで もいいんだけど。 そうしてともかくも観光客の団体八名と地元の 船長一人の命を奪うも首尾よく酔っ払いの怨念 を水にながし気を取り直したヤエゴンではあっ たが、その周囲では色々と死んだり壊れたりし たせいで港湾を取り囲む連中があまりに騒ぎ立 てたりしたせいで、やっぱり気分を害してしま った。 そういうときは喰うしかない。ストレスが溜ま るとヤエゴンは喰いに走った。喰って憂さを忘 れるのである。ヤエゴンは港湾から再上陸し、 逃げ惑う人々を襲撃するのかと思えばさにあら ん。ヤエゴンは草食なので人々を襲って喰らっ たりは基本的にしなかった。では何故最初に酔 漢が襲われたのかというと、ただ単に目障りだ ったからである。喰おうとした植物の繁みの中 にあろうことか大の字に寝ていて非常に邪魔だ から、どこかそのへんにポイッとやろうと手に 持ったところ誤って握り潰してしまったのであ る。 だからヤエゴンは畑へと向かった。 とりあえずまとまった量がある植物ならなんで もよかったので市街地周辺に広がるサトウキビ 畑あたりがてきとうかなと考え、市街地を最短 コースで突き進もうとしたのであるが、今度は 身長三〇メートルが仇となり巨躯が禍してなか なか突き進めない。そりゃそうだろう。だって 十階建てのアパートメントが歩くようなもんな んだから各種建築物で込み入った市街地を突 き進むのは障害物の中を突き進むのと同義で ある。 ヤエゴンは苛ついた。ムカついた。誰だよこん なところにホテルなんか建てるのは。畜生め。 またホテルだよ。アパートだよ。マンションだ よ。一体いくつあんのよ。うそだろ。なんでこ んな狭い島にホテルやアパマンばっか何十軒も 建ってんだよ。畜生め。どうせ拝金主義にまみ れた本土企業の連中と、地元の手下企業の奴 らの仕業だろ。ろくなことしやがらねぇよな連中 ときたらよ。邪魔で歩くとこねぇじぇんか。ええ い、こうなりゃ片端からぶっ倒す。 というわけでヤエゴンは自分と同サイズのホテ ルやらアパートやらマンションやら室内練習場 などに体当たりをかまし始めのであるが、その 光景を見つめ、独りほくそ笑む者がいた。リゾー ト開発反対運動のリーダー袴田万亀男である。 破壊神ヤエゴンをリゾート開発反対運動の象徴 として旗頭として担ぎ出せば世間からおおきな 注目を集められる筈、とふんだのである。袴田 はそう考えて狂喜した。おれはまさしく天才だ。 カリスマリーダーだ。こんな天才的なことを思 いつくのは石垣島狭しと言えども俺をおいて他 にはないだろうな。うんうんそうだとも。かな り天才だろ、俺ってさ。いやぁ我ながら驚くわ、 自分の才能に。こんな才能が溢れる男が石垣島 になんて埋もれていて良いわけないわな。うん。 それは罪悪だろ。というわけで袴田は大建造物 破壊に忙しいヤエゴンの前へとまろび出て行っ たのである。 「おおおおい、ヤエゴン。俺の話を聞いてくれ。 頼むよ。ちょっとあいだ手を止めて俺の言う ことに耳を傾けてくれないか。頼むよヤエゴン」 そう叫んだ袴田は自分の言葉に自分で感嘆する。 ホテルを破壊する怪獣に向かって『ちょっとあい だ手を止めて俺の言うことに耳を傾けてくれない か』なんて二一世紀に残る名台詞だぜ、おいっ。 やっぱ天才だろ、俺。 しかし己の才を見誤るものは他人の才をも見誤 る。袴田はヤエゴンの前にまろび出るなり叩き 潰されてしまった。ヤエゴンには本土系土木建 築企業の営業マンも、リゾート開発反対運動の リーダーも無関係であり無頓着だった。だって ヤエゴンは怪獣なのだ。象徴でもなければ旗頭 でもない。腹を空かし、楽しんだり苛ついたりす るただの怪獣である。袴田はそんな簡単なことに 考えが及ばなかったのであろうか。それとも…。 怪獣の前に勇んでまろび出て行った袴田の謎の 行動。その真意は今も闇の中である。 【つづく】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.06.20 09:34:52
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