テーマ:八重山的小説(65)
カテゴリ:nobel
でも俺は島に住んでみることにした。 賃貸アパートを探そうと不動産屋に相談 すると、家賃格安日照良好だと太鼓判を おす物件を紹介してくれた。 家賃三万五千円はいいのだが、築三十 年という古さが気に入らず、俺は当該物 件を保留とさせてもらい別の不動産屋も 見て回った。 だが島の不動産屋はどいつもこいつも バカ高い家賃のアパートしか紹介しやが らない。六万だ七万だ七万五千円だと ぬかすのだ。俺は部屋探しと同時に職 探しもしたのだが、島で探した職場は どこも月給十二万だの手取り十万二千 円だのとにかく薄給だ。十万円の給料 でどうやって家賃七万円のところに住め ばよいのか。ふざけるな。 とは思ったが、不動産屋にそれを訴え るでもなく、俺は飽くまで謙虚なる姿勢 でもって部屋探しを遂行。で、丸一日 悩んだ俺はもう一度三万五千円の保 留物件を見せてもらうべく最初の不動 産屋を再訪した。 「どう?決めなさいよ」と不動産屋。 「はい…。そうですねぇ。三万五千円で すよねぇ。どうしようかなぁ」 「ん?いやいや三万六千円だね。こん な格安物件もうないから。ホントに」 「え?あれ?三万五千円…ですよね。 昨日、確かそう言いましたよね」 「いやいや、言ってませんよ。兄さんの 聞き間違いじゃないかな。ハハハハハ。 三万と六千円だよ。六千円」 「あれ、そう…でしたっけ。三万六千円 …ですか。そうですか…」 そんな釈然としない気分も手伝ってか 元来が優柔不断な俺は結局その日も 部屋を決められなかった。一晩寝ない で悩んだ。苦悶の末、明け方になって やっと腹が決まった。 よし。借りよう。 朝一で不動産屋を訪ねた。「おはよう ございます。昨日も見せてもらった物 件ですが、俺、貸してもらうことに決め ました。よろしくお願いします」 「ああ、そうかい。あれは良い物件だか らね。はい、じゃあ契約書を書くからね。 兄さん、ちょっと椅子に腰掛けて待って なさい」 それで差し出された契約書に目を通し て驚いた。家賃三万七千円と記されて いたからだ。訪れるたびに家賃が上が っていくんじゃ堪らない。元来がおとな しい俺だったがこれにはさすがに抗議 せずにはいられなかった。 いい加減にしてくれ。昨日は三万六千 円だったじゃないか。一昨日はそれよ り千円安かったし、いったいぜんたいど ういうつもりなんだ。貸す気がないのか。 それとも――― そこまで言い掛けた時、不動産屋が大 き声で俺を遮った。「三万七千円で不満 なら止めたらいい!な、兄さん」 ちっ。逆ギレかよ。 「四万円でもこの部屋を借りたいってナ イチャーはいくらでも居るんだ。兄さんは 汚い身なりで貧乏そうだから少しでも安 く貸してやろうと思って好意で言ってやっ たのに。ごちゃごちゃと面倒なことを言う のならああどうぞ止めてくれ。わしは構わ んから、勝手に別の不動産屋でも何処で も当たったらいいだろ。好きなだけ探した らいいさ。どこだってこんな安い物件はも うないんだからな」 交渉決裂。 売り手市場っちゅうのかなんちゅうのか、 なんだかこっちの懐具合まで見透かし て貸すの貸さないの言ってくるとは不動 産屋の風上にもおけないと憤慨した俺 だったが、それから数件の不動産屋を 当たって感触はどこも同じで、皆、言う ことは一様だった。 『嫌なら止めれば。客は他にいくらでも いるから』 どうもおかしい。 ここに及んで俺はやっと気が付いたの である。本土での暮らしでは大抵の場 合は売る側の姿勢は、買ってください。 借りてください。食べて下さい。である。 だがこの島では、売ってやってもいいけ ど。貸してやってもいいけど、どうしよう かな。食べさせてやるけど作るの忘れ てもごちゃごちゃ言うなよ。なのだ。 つまりポジションが逆転しているわけだ。 島ではカスタマーに商品を選ぶ立場は 与えられず、あくまでも店主から選ばれ る立場に甘んじるより他ないのである。 う~ん、おそるべし島。 それに気付いて独り俺は唸った。 俺はどうしたらよいのか。このまま島で 暮らす術を探るべきなのか。それとも住 み慣れた本土へ戻るのが身の為か。そ れとも… 長いこと唸った。 日が昇り、日が沈み、赤子は少女とな り、少女は女になりやがて老婆となる。 それでもうんうん唸って、唸りすぎて 高血圧が身を滅ぼすのではないかと予 感がしたその刹那、島の神様が降りて きて俺にそうっと耳打ちしたのである。 神様がなんと言ったかって? それは秘密だから言えないが、俺は今 も島に住み、石垣島ラーメンって店を出 している。 流行ってるかって? いいや、そうでもない。 ぼちぼちなんである。 なんでかなぁ。 【了】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.12.13 13:56:30
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