TOO HOT ~無謀で軽率で自由なる旅の記録~ 012
【つづき】「竹富縞雄と言います。よろしく」前方を歩行していた銀縁眼鏡くんが俺のほうへ向き直りそう名乗った。間髪いれず隣の青年も名乗りを上げる。「僕は小浜です。小浜善児です。看護師やってます」脱力していた俺は、二人の朗々とした自己紹介に気圧されモゴモゴとした声しか出なかった。あ、はい、縞雄くんに…善児くんね。あの、俺は、に、に、に…あの、仁科です。あのさ、あれ、何だか「あの」ばっかり言ってるね、俺。でもあの、二人は…あ、また「あの」って言ったね。あの、聞き流しておいて。で、二人はこれからどうすんの。ここって結構な郊外にある空港だよね。この真夜中に移動手段なんてあんのかな。ごめんね。さっきから尋ねてばかりで。あの、俺さ、タイランド初めてでよくわかんないんだよね。喋れる英語もハローとサンキューだけだしさ。あの、つまり此処からどう動いたら宿屋まで辿り着けるのか、もっと言うと宿屋が何処にあんのかも知らなくて、あの、つまり何にもわかんなかったりするんだよね。まずこの空港の外にどうしたら出れるかもわかんないし。ま、そりゃあ歩き続けばいつかは空港の外に出られるだろうけど、適切な場所から出ないことには場合によってはうまくないことにもなりかねないだろうし、つまり、あの、例えば滑走路なんかに間違って彷徨い出ちゃって、空港警察に逮捕拘束されて、尋問にもさっぱり答えられなくてそのまま日本へ強制送還。みたいなケースも考えられなくもないよね。そうだよね。ま、あの、強制送還してくれるって言うんならそれはそれで帰りのチケットを手配する手間なんかも省けるし、強制で帰されるわけだからたとえ一日や二日で帰国となっても、ま、強制だからしょうがないよねって、俺としては帰りたくなかったんだけど、タイランドのほうが「帰れ」って言うんだから仕方ないよね、ノーチョイスだよね、ってことで地元の友人知人なんかに対しても納まりがつくんだけど、え?着いたばかりなのに帰りたいのかって?う~ん、そうだね、帰りたい。ってほどじゃないんだけど、ま、あの、帰ってもいいかなぁみたいなところかな。だって、よく考えたらあまりに無謀かなって。成田出てから気がついたんだけどね、ハローとサンキューだけじゃどうにもならないよね、やっぱり。で、こうしてタイランドの空港に着いても、ここから宿屋への行き方とか、宿屋が何処にあるのか知らないって言うのは致命的でしょう。あ、あの、ごめんね。なんか喋りすぎだよね。と、そのような極めて情けない自己紹介というか泣き言のようなことをつらつらと述べた俺に縞雄くんと善児は愛の手を差し伸べてくれたのである。もしよかったら宿まで一緒にバスで行きませんか?と。然して頼りになる二人の助力を得た俺は気を取り直した。いかんいかん。自ら強制送還を望むとはなにごとぞ。俺は戯けか。大戯けか。今宵はひとまず何処ぞの安宿にでも身を落ち着けるとして、まずは旅の体制をば立て直そうぞ、と心に決め俺はタイランドの大空港をあとにせんと縞雄と善児のあとに付き従ったのであるが、 微笑みの国・タイランドは、そう甘くはなかった。空港の中にはもう一つ、最後の試練が俺を待ち受けていたのである。【つづく】