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2003/05/20(火)17:32

論理的思考の為の<新聞投稿術その②>

日記代わりに講義を貼り付けます:講義:受講者の皆様、私が大学3回生終わりから開始致しました<英語強化の為の論理的思考訓練>であります、新聞投稿です。初期掲載分のご紹介です。当時は、リクルート疑惑が問題となっており、同疑惑、及び、消費税導入で選挙時に土井さん率いる社会党がかなり票を伸ばしました。懐かしいですね。意見の構築をご参照にして下さい。【1989.7.8 京都新聞「窓」欄】タイトル:学術の成果社会還元を改めて言うまでもなく、環境問題から政治に至るまで、現在の日本は、数多くの難題を抱えている。もし学問とか学術研究の成果が社会に還元されていたなら、こうはならなかっただろう。私見するところ、学者らの研究はほとんど社会に還元されていない。彼らは自分らだけで研究を進めている感がある。学問とは、結局、社会へ還元されるべきものであり、その結果、文化の向上に貢献するものである。英語教育を例にとると、日本には多くの優れた英語学者や英語教育の専門家がいる。そして効果的な学習法や指導法について、論文が書かれ学会も開かれている。しかし依然として、学校の英語教育はよい方向へ変わっていないし、英語を使って異文化と接触できる人はめったにいないではないか。つまり学者らは、何の為に研究しているのか、という事になる。学問とは、人間の生活や文化の向上にこそ、その目的がある。日本には今、数え切れないほどの難題がある。その遠因の一つには、学問や研究の成果が、社会に還元されていない事もあると言わざるを得ない。学者や専門家は閉鎖的にならずに、もっと自分の専門分野のことを社会還元に積極的になるべきであろう。【1989.7.30 京都新聞「窓」欄】タイトル:主権者として厳しい目持て先の選挙で、国民主権ということを改めて実感した方は多いと思う。ただ主権者の一人として私は、次の二点を申し上げたい。当欄に寄せられる投書を読んで感じた事である。自民党にあきれたから、それまで支持もしなかった野党に票を入れたという事は、いかがなものか。野党はすべて消費税反対であったが、それに代わる新しい案や考えを具体的に示しただろうか。否である。もし反自民として入れた野党の新しい税制が納得出来ぬものとなったら、一体どうなるだろうか。消費税等自民党の政策に反対する投書をよく見るが、ただ反対意見を述べるのではなく、主権者として、それらに代わる新しい案や考えを述べる方が、主権者たるべき姿であると思う。主権者は政治家に振り回されている感がするし、これは主権者が無能の為であると考える。消費税に反対しているから、野党に入れる、というのではなく、具体的にそれに代わる案を示し、尚且つ、それが現行のものより優れているから、その党に票を入れるとしなくてはならない。我々は主権者なのだから、もっと厳しい目で選挙にあたり、政治批判の時は、それに代わる自分の意見を述べれる様に出来なければ、日本の政治は決して改善しないと思う。【1989.5.24 京都新聞「窓」欄】タイトル:傍観しないで政治に関心を先日の胡耀邦総書記の死去以来、規模を大きくしながら激しい学生ストやデモが続いている。これは自国の将来を真剣に考えているからであろう。日本人は、この姿勢を学び、政治にもっと強い関心を持つべきである。私の寮に、数人の留学生がいる。彼らは、実によく新聞を読み、自国や国際情勢に対して自分の意見を持っている。頭の下がる思いである。自分の国は、自分が支えるのだという意気が感じられる。日本の場合は、どうだろうか。日本人は政治への関心が極めて薄いと思う。経済大国として、今後さらに世界に貢献していくべきであるのに、多くの人は、豊かな生活におぼれており、多くの人が、私利私欲のために行動している。今後の政治や日本の役割のことを、心底から考えている人は少ないと思う。結局、以上のことがリクルート疑獄、消費税導入等を引き起こし、また国民は、それらの問題に対して、ただ傍観しているという結果をも引き起こしている。私は、人々をアジる気は全くない。ただ、政治や歴史の流れを変えてしまうような暴動を起こしかねないほど、強く政治に関心や意見を持つことが、日本人にはいま重大である。【1989.6.3 京都新聞「窓」欄】タイトル:外来語の使いこなしも大事先月三十一日付の当欄に、最近の外来語の多さについて意見があったが、私は反論したい。外国の言葉がカタカナで表記されると、それは既に外国語でなく、日本語になっている。発音が日本語化してしまうからである。又、意味が本来のものとズレている場合もあるからだ。だから、カタカナ表記である以上、それは日本語と見た方が正しいと思う。言葉は生き物であり、進化している。外来語など未知の言葉に出合ったら、われわれも、それを覚えるように努め、ついていくべきだ。さらに、辞書等で、その外来語の語源等も調べていけば、おもしろいし、日本と外国との考え方の相違も、発見できるだろう。私が、日本語の中の外来語に賛成するのは、このあたりにある。確かに、格好をつけるために、わざと横文字を使う人もいるが、彼らは、その言葉の背景等を知らずに、ただ使っているだけであり、真の国際人とは言い難い。外来語に対して不平を言う人も多いが、むしろ、それよりも未知の外来語に出合ったら、その言葉から、文化の相違などを調べたりする姿勢を持つべきである。【1989.8.8 京都新聞「窓」欄】タイトル:語学留学なら反対前回留学の話題が出たが、もし語学留学なら、私は反対する。本当にやる気があれば、日本でも英語は十分に習得できる。実際、海外へ一歩も出ることなく英語を学び、練習し、「お前はアメリカ人か!」と、アメリカ人から言われる程までになった人を何人も私は知っている。本当にやる気があれば、国内で十分だと確信する。留学というのは、その国の言葉を習得するためにあるのでなく、例えば、英語で経済学をするとかのように、その言葉で何かを学ぶ為にあるものである。単に外国へのあこがれや語学習得の為であるなら、行かぬ方がよい。むしろ国内で十分な語学力を身につけて海外へ出るなら、私も賛成であり、大いに勧めたい。【1989.8.19 読売(夕) “土曜ボイス”テーマ  「派閥は是か否か?」】 タイトル:思想と政策上の集団に派閥は思想的な集団でなければならない。一政党としての案を提出するまでの過程で、各派の意見を徹底討議、より理想的な内容へと高めていくのである。十分、討議を尽くした案は、だれが見ても納得出来るものと確信する。しかし、自民党の派閥は個人の立見出世を目的とした金脈人脈的性質のもので独裁性がある。大きな弊害は、政権のポストをめぐって裏工作が生じやすい。このため有能な人材が登用されにくい。それに密室政治が続くことになる。それが、今回の新総裁選出で如実に示された様に思える。派閥がこのような性質をもつ限り、国民の政治不信はますます深まり、派閥が悪の象徴の様に見られるのである。自民党のような<親分・子分的>な体質ではなく、ディベート(一つの論題に対して説得性を競う)を採用した政策上の派閥なら、政治に好結果が期待できると考える。

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