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2005年09月02日
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「蓬莱にて(後編)」

「マギー」

夫の呼ぶ声がする。返事しなければ。でも… 夫の足音が近づいてくる。私がいる場所は判っているのだろう。ドアが開き、夫は私の後ろから改めて声をかける。

「マギー、どうしたんだい?呼んだのに聞こえなかったのかい?」

振り向いて返事をしなければ。わかっている。でも、身体が動かない。どうしてって… 夫が肩に手をかける。私が見ているものを覗き込むようにし、そして耳元で囁くように語り掛ける。漸く身体のこわばりが融けていくようだ。

「ああ、譲次が可愛いからってボクのことをそんなに蔑ろにすることはないだろう?愛しい奥さん?」
「ああ、努、ごめんなさい。つい…」
「わかっているよ、マギー。君はずっと譲次に夢中だってことはね。でも、そんなに夢中でボクのことを忘れないでくれよ。君の旦那様であるボクをね」
「…努、私はそんなに譲次に夢中ってわけじゃないの。ただ…」
「ただ?」
「わからないけど、何か違うような気がするの。譲次って全然泣かない子でしょ?お乳もあまり飲まないし…」
「そうだな、大人しすぎる。君の子なんだからもっと暴れん坊だと思ったんだけどね」
「努、それはあなたのことでしょ?格闘家のクセして」
「今は引退したとはいえ、君だってそうだろう?まぁ、ジャンルは違ったけどね」
「私のは護身術程度よ」
「君の合気道が護身術ならボクのはダンスかな?護身術にまるきり敵わないんだから」
「それはあなたが真剣じゃないからよ。本気になられたら手も足も出ないわ」
「それは愛の力で倒しているだけだろう?力だけじゃ抱きしめることもキスすることもできないよ」
「もぉ!」
「やっと笑った。やっぱりマギーは笑顔が一番だよ。可愛い奥さん」
「わかったわ、愛しの旦那様。お茶にするわね」
「うん、ありがとう」

二人はベビーベッドの前から離れ、リビングへと向かう。夫は高橋努、28歳。総合格闘技の選手をしている。過去に二度ほどトーナメントで準優勝している。元は空手の道場に通い、キックボクシングを経てこの世界に入ってまだ3年だ。この世界に入って間も無くの頃、マギーことマーガレットと出合った。修練に行った古武道の道場でこてんぱんに投げられた。空手でも関節技などを教えるようになってきてはいるが、やはりそこに至るまでの流れなどは古武道には敵わない。表向きは合気道と名乗ってはいるが、遥かに奥深いものを秘めた道場でマギーは師範代クラスだったのだ。華奢で努よりも頭一つ背が低く、下手に掴んだら骨が折れそうに見えるのだが、初めてのときは手を掴むこともできなかった。190cm、110kgという体格の努はこのときの修練で体重が90kgを割り込むくらいまで絞り上げられたのだ。その半年近くの修練の間に耳元でぼそぼそと囁きながら口説き落としたというのだから良くわからない。翌年には結婚し、この春第一子である譲次が生まれたのだ。だが、この譲次が生まれてからまっぎーの様子がおかしいのだ。生まれてからまだ半年も経たない譲次が自分たちの言葉を理解しているのではないか、というのだ。ほとんど泣かないし、お乳もあまり飲まないのに成長が悪いわけではない。眼をはなせば寝るのだろうが、そばにいると寝ないのだ。じっとマギーの眼を見て何かを訴えているような、何か話して聞かせてもらうのを待っているような感じなのだ。まだ生まれて半年も経っていないのにである。マギーは母親や友人たちに相談してみたりした。が、誰もが「そんなことはない」と言って笑うだけなのだ。譲次を見に来た母親は「おとなしい子ね」というだけだった。初めての孫だとは言え、娘の自分がいる前で譲次だけを見ているなんてことができないからそう思うのかもしれない。夫の努もさして気にしている風ではない。一人マギーだけがおかしいと思っているだけなのだ。そのせいか、譲次と二人きりになると不安で仕方なくなってくる。ヘタに目を合わせると目をはずせなくなってしまう。さっきも夫が肩に手をかけてくれなかったらずっとそのままだったかもしれない。マギーは怖くなっていた。このままでは自分がおかしくなってしまうんじゃないか、と感じるようになっていた。あの子はおかしいのよ、と叫びたくて仕方がない。どうすればいいのかマギーにはわからなくなっていた。

  *  *  *  *

「おい、こっちだよな?」
「多分そうだと思いますが…」
「それにしてもこれって凄くない?一体いくつ建っているんだ?」
「これでも緑地を確保したりしてるから好いんですけど、そうでなかったら…考えたくないですね」
「だな。同じものがずっと並んでいるならまだしも、変なのが脈絡もなく建っているとめげてくるよな。高いの低いの、大きいの小さいの、縦長に横長、まるで迷路だな。番地だけで目的地にいける奴いないだろうな」
「ですね。道が曲がりくねっているから、近くに見えても案外遠かったりしますからね。どこ向いているのかもわからなくなりそうです。蓬路宮から甫渡宮の辺りの迷路も凄いけど、これじゃ女仙には辛いかもしれませんね」
「ああ、でも、俺らだって楽じゃないだろう?泰麒」
「そうですね、延台輔」

残暑の厳しい新興住宅地をとぼとぼと歩いているのは延麒と泰麒である。峯麒の探索のためにやってきたのだがほとんど迷子だ。あちこちに造成中の建物があるかと思えば、20階を越えるような高層マンションだとか、3階くらいの低層の高級マンションだとかが秩序なく建っている。道は曲がりくねり、今自分がどこにいるかなどは詳細な地図を持っていてもすぐに怪しくなってしまうだろう。二人とも軽装ではあるが、その足下には使令が遁甲している。他にも四方に先行させたりしている。使令もまた他の麒麟の気配に敏感なのだ。とはいえ、こう暑くては… 帽子の庇を上げ、額の汗を拭いながら歩く。

「何か感じるか?」
「少しずつは近づいていると思うんですが…」
「この季節は蒸し暑いから厭だよなぁ… もう少し涼しくなってから… ん?」
「どうしました」
「おい、あれ」

前方の20階建てのマンションの最上階のベランダに誰かが立っている。胸には子供を抱いているようだが…

「何か感じないか?」
「そういえば… 確かに麒麟の感じが…」
「だろう?」
「じゃあ、行きますか」
「ああ、あ、ああぁ~~~?!」

延麒は絶叫した。

  *  *  *  *

その日、努は試合で出かけていた。マギーは一人で部屋に残っていた。ベビーベッドには譲次がいる。マギーは疲れていた。訴えかけるような譲次の瞳に見つめられるのが怖かった。もう見ないで欲しかった。でも、そんなことが叶う筈もない。ふとした弾みでマギーは譲次の瞳に捕えられてしまう。そして何もできなくなってしまう。いつの間にか部屋も荒んできていた。片付け一つできないのだ。夫はこまめに片付けてくれるようだが、それも追いつかない。マギーはキレ掛けていた。これ以上は無理だと思い始めていた。そしてまたもや譲次の瞳に捕まってしまった。そして譲次の口元が笑ったように見えた。マギーはキレた。まともな感情などどこかに行ってしまったようだ。ベビーベッドから譲次を抱き上げると窓を開け、ベランダへと出た。マギーの部屋は20階建てのマンションの最上階だ。とはいえ見晴らしはさほど良くない。似たような建物が林立し、眺望を奪っているからだ。建物の周りには申し訳程度の緑地がある。街路樹もまだ植えたばかりなのかひょろひょろとして頼りなさそうに立っている。そんな光景が眼には入った。しかし、マギーの頭にはそんな光景など素通りして何も見えなくなっていた。

「どうしてなの?どうしてあなたは私をこんな眼に遭わせるの?」

マギーは譲次に向かって呟く。譲次が答える訳などないとわかっていながら問いかけることを辞められない。そして、答がないことにいらつきが募る。

「どうして応えてくれないの?何を考えているの?あなたは何者なの?」

母親の直感というものはバカにはならない。自分のお腹を痛めて産んだ子供とはいえ、違和感が拭えなかったのだ。自分と同じブロンドの髪に青い瞳。だけど、決して自分には似ていないと感じてしまう容貌。誰もが自分に似ていると言ってはくれるけど、自分には似ても似つかぬ顔だとしか見えないのだ。譲次はマギーの問いに答える代わりににっこりと笑った、ようにマギーには見えた。限界だった。マギーはベランダの手すりの向こう側へ譲次を放り投げていた。そして顔を抑えてしゃがみこんだ。悲鳴が上がるのを待った。が、いつまで経っても特別な騒ぎは起きなかった。マギーはゆるゆると立ち上がり下を見た。そこに自分が放り投げたはずの譲次の姿はなかった。

  *  *  *  *

延麒が絶叫したのは最上階のベランダに立つ女性が胸に抱いた子供をひょいと放り投げたからだ。女性の姿はすぐに見えなくなった。どうやらベランダでしゃがみこんでしまったのだろう。自分のしてしまった結果から眼をそらそうとしたのか。その放り投げられた子供から微かに麒麟の気配が漂ってくる。絶叫を上げつつも延麒は冷静に遁甲した使令に命じていた。泰麒も延麒に遅れることなく命じる。

「悧角!」
「傲濫!」

もちろん転変していれば麒麟のほうが速いが、人の姿では空を飛ぶこともできない。使令は落下地点に急いだ。傲濫がクッションとなり、悧角が撥ね飛ぶのを防ぐように産着の襟元を軽く咬み、前肢でそっと傲濫の上に横たえる。幸いにして周りには誰もいなかったようで、延麒と泰麒は使令に跨ると蓬山とつながっている地点に急いだ。子供、というよりは赤子を泰麒が胸に抱いて傲濫に跨り、その横に悧角に跨った延麒が飛ぶ。

「危なかったな」
「ええ」
「しかし、どうしたんだ?」
「…おそらくは、気味悪がったのでしょうね。麒麟だからきっと違和感があったんでしょうね。それで思わず…」
「…心が逝ってしまっていたのかな… 麒麟を育てるってのは蓬莱の人には無理があるのかなぁ…」
「…多分、そうなんでしょうね…」

峯麒を取り戻したとはいえ、泰麒の表情は暗い。延麒にも覚えがある。自分は親に捨てられたのだと。それをまざまざと見せ付けられると心が沈んでしまう。とはいえ、やらねばならぬことはなさねばならぬ。

  *  *  *  *

捨身木の下に蜚稀はいた。傍らには少蝶や玉葉、廉麟などがいた。廉麟の空けた通路の向こう側から声がした。廉麟が蜚稀に向かって微笑みかける。

「さぁ、ここから峯果をもぎなさい」

廉麟に促され、その通路を見ると二頭の麒麟の間に金色に輝く峯果が見えた。蜚稀は眼一杯手を伸ばし、峯果を掴み、もいだ。その瞬間、蜚稀の胸の中に卵果が現れ、すぐに割れて麒麟の幼獣が姿を現した。

「峯麒…」

蜚稀は峯麒を抱きながら涙を流した。少蝶も傍らで目を潤ませている。その姿を表情をなくした顔で玖姥と阿薫が見ていた。やがて延麒や泰麒も戻り、蜚稀や少蝶たちは峯麒を用意した宮へと連れて行った。残されたのは玖姥と阿薫だけだった。阿薫も蜚稀や少蝶が九十年余りもずっと待っていたのを知っている。自分や玖姥もいつかはこんな日が来るのだろうか?阿薫はボンヤリとそんなことを考えていた。





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最終更新日  2005年09月03日 07時39分48秒
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